「頭がおかしいのではないか」小沢一郎議員の〝正論〟岡田幹事長ら立民幹部を批判 「法案を出した時点でパーティーの開催はなしだ」

小沢一郎 政治・経済

「頭がおかしいのではないか」小沢一郎議員の〝正論〟岡田幹事長ら立民幹部を批判 「法案を出した時点でパーティーの開催はなしだ」(zakzak by 夕刊フジ 2024.6/1 15:00)

久々に野党議員から正論を聞いた。文字通りの「正論」である。

まず、確認しておこう。

立憲民主党は政治資金パーティーを全面禁止するための法案を国会に提出した。それにも関わらず、岡田克也幹事長や大串博志選対委員長ら一部の幹部が、政治資金パーティーの開催を予定していたことが発覚した。

意味不明な選択である。国民が怒りの声をあげると、突如、自分たちのパーティーの自粛を決め込んだ。「朝令暮改」とは、このことを言う。

筋違いで、場あたり的行動を繰り返す党のあり方に異を唱えたのが、立憲民主党の小沢一郎衆院議員である。彼の発言こそが正論であった。小沢氏は政治資金パーティーの存在を否定しない。政治には金がかかることを彼は熟知しているからである。

地元に事務所を構え、私設秘書を置く。選挙のためでもあるが、有権者の声を聞くためでもある。地域の人々の声を聞かずして、何のための政治家なのか。

不正で不透明な金のあり方には異を唱えるが、「政治と金」の問題をすべて問題視はしない。金のかからない政治を求めるならば、民主主義は不要だからだ。

考えてみれば、全体主義に金はかからない。地域の人々の声など無視すればよいからだ。陳情も訴えもすべて不要。住民の意向など一顧だにしない。それが全体主義だ。為政者は権力を行使し、人々はそれに従うだけでよい。

民主主義社会では、誰もが過ちを犯し、正す必要がある。誤りのない人など存在しない。その「可謬性(かびゅうせい)の哲学」こそが保守主義だ。

小沢氏が否定するのは、意味不明な理屈に終始する政治家たちである。彼は言う。

「信じられない。頭がおかしいのではないか。法案を出したのだから、その時点で(立憲民主党の政治資金パーティーの開催は)なしなのだ」

誰がどう聞いてみても正論である。さらに、小沢氏は続ける。

「世間から見れば、『パーティー禁止の法案を出したのに、党執行部が先頭に立って(パーティーを)開催するとは、どういうことか』となり、信じられない。法案が成立するまでパーティーをやるということは、『警察が来るまで、盗人をやれ』みたいな話ではないか」

信なくば立たず。国民から、疑われるような行為は厳に慎むべきであろう。盗人猛々(たけだけ)しいような政治の世界を、一般国民は蛇蝎(だかつ)の如く嫌悪している。

政治家は信用できない。噓しかつかないからだ。しかし、これでは馬鹿げている。国が亡びる。

私が本当に愛するのは現実だ。現実を跳び越えた野望に意味はない。政治家は国民の信用を取り戻すべく尽力せよ。

岩田温(いわた・あつし)
1983年、静岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、同大学院修士課程修了。大和大学准教授などを経て、現在、一般社団法人日本学術機構代表理事。専攻は政治哲学。著書に『いい加減にしろ!』(ワック)、『日本再建を阻む人々』(かや書房)、『興国と亡国―保守主義とリベラリズム』(同)など多数。ユーチューブで「岩田温チャンネル」を配信中。