「中山美穂さん」の命を奪った「冬の浴室」はどれだけ危険な場所なのか 専門家は「冬の海より危ない」「死者は年間6000人以上」(デイリー新潮 2024年12月10日)
12月6日に自宅の浴室で死亡しているのが見つかった歌手の中山美穂さん(享年 54)。所属事務所はその死因について《検死の結果、事件性はないことが確認されました。/また、死因は入浴中に起きた不慮の事故によるものと判明いたしました》と発表した。
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彼女は水が張られた浴槽内で前かがみの状態で見つかったという。一体、何が起こったのだろう。日本内科学会認定の総合内科専門医で秋津医院院長の秋津壽男氏 に聞いた。
「実際に見たわけではありませんから病名まで特定することはできませんが、基礎疾患などはなかったと聞きますし、この季節、一般的に考えられるのは、居眠りで溺れてしまったかヒートショックでしょうね」
入浴中の居眠りは自分で気をつけるほかないだろう。
「ご家族がいれば助けに来てもらうことが一番大事です。お風呂に入る前に家族に一声かけておくことで、遅いなと思われたら助けてもらうこともできますから。独り暮らしは仕方ありませんが……。深酒のあとのお風呂は危険ですので我慢したほうがいいですね」
一方、この時期に危険性が呼びかけられるのがヒートショックだ。厚生労働省が発表する「人口動態統計」によると、2023年に家や居住施設内の浴槽で水死した65歳以上の高齢者は6073人。同年の全国の交通事故死者は2678人だったから、実に2・3倍に上る。交通事故死よりも多いとは……。
厚労省の発表よりもさらに多い
「実は、実際にヒートショックで亡くなる方は、厚労省が発表する数字より多いのでははないかと考えられています。というのも、浴槽で亡くなった場合、当然ながら衣服は着けていません。例えば、妻を発見した夫はそのままでは忍びないと、救急車が到着する前に遺体を寝室などに移動し、服を着せていることがあります。こうした場合、死因がヒートショック以外の病死とされることがあるため、浴室での死亡にカウントされないことがあるわけです」
ヒートショックによる死亡数は、実際はさらに多いというわけだ。
「それと、ヒートショックという呼び名も誤解を招く恐れがあります。実際は“温度差ショック”と呼んだほうがいいと考えます」
どういうことだろうか。
「特に冬の時期は、暖かい居間と寒い浴室、熱い湯船と温度差が激しいため、体が順応しきれなくなるのです。具体的には、暖かい部屋から脱衣所に移動した際、寒さに対応するために血管が収縮し、血圧が上昇。服を脱いで冷たい浴室に入るとさらに血圧は上昇します。そして湯船に入ると、血管が弛緩して血圧が下降するという流れです。血圧が上昇した時には虚血性心疾患(心筋梗塞)や脳出血などが起こり得ますし、血圧が下がった時には脳梗塞の危険性が高まります」
寒暖差によって引き起こされる病の総称であるから“温度差ショック”と言うわけだ。さらに……。
若くても危険
「江戸っ子のような熱いお湯好きは、お風呂に入る時、グッと我慢して息を込めて力を入れますよね。その間に腹圧がかかって、血圧がさらに上がります。脳出血や大動脈瘤など血管が破裂するような病気は、こうしたグッと力を入れた時に発症することが多いです」
厚労省が発表した浴槽での死亡数は65歳以上だが、50代でも起こりうるのだろうか。
「頻度は低いです。脳出血や心筋梗塞は高齢者に多く、若い人には少ないですね。ただ、不整脈発作の可能性が考えられます。昔は心臓麻痺と呼びましたが、冷たいプールに入る前に胸に水をかけたりしましたよね。不整脈の一種で心室がブルブルと不規則に震える心室細動と呼ばれる状態になると、脳を含め全身に血液が供給されなくなり、死に至るケースがあります。中高生でも亡くなることがありますから、50代でも十分に考えられます。その引き金が、ストレスであったり急激な熱変動であったりするわけです」
ヒートショックで死亡する場合、どのくらい時間の猶予があるのだろうか。
「ケースバイケースですが、心停止してから5分したら脳は死亡します。もちろん、すぐに心臓マッサージするとか、AEDなどを使用すれば別です。冬の海で溺れた場合などは低体温、つまり脳が冷蔵状態となるので、脳死するまでにもう少し猶予ができます。しかし、お風呂の場合は、あっという間に脳死に至ります」
冬の海より冬の自宅風呂のほうが危険というわけだ。
予防するには
「予防法はあります。居眠りの防止同様、家族がいるならお風呂に入る前に一声かけることが重要です。そして温度差ショックですから、温度差をなくせばリスクは減ります。脱衣場に温風ファンなどを設置することはよく言われていますが、お湯を張る時に浴槽にフタをせず、浴室のドアを開け放って脱衣場と浴室の温度差をなくすのもいいでしょう。また、お風呂から上がる時は、脱衣所ではなく風呂場で体を拭くことで温度差を減らすことができます。湯気で脱衣場が湿気ることもありますけど、死ぬよりはマシです」
入浴前に水を飲むといい、といった話も聞くが、
「脳梗塞や心筋梗塞の原因となる脱水状態にならないよう、水分を摂るのはいいことだと思います。若い子が長時間の半身浴のためにペットボトルを浴室に持ち込むのもいいことだと思います。ただし、ガラスの容器は倒れた時などに危険ですので、プラスチックにしたほうがいいでしょう。逆に、高温のサウナに我慢して入るのは良くありません。ましてやサウナ後の水風呂などは危険が多いし、実際、サウナで倒れたという通報を受け救急車が出動することは少なくありません」
“整う”どころではないのだ。
「若い人はまだしも、文字通り年寄りの冷や水です」
デイリー新潮編集部