地方ローカル線、全国90区間で存続危機 最も崖っぷちにある鉄路は「輸送密度」20人

JR久留里線。久留里―上総亀山間の輸送密度は、わずか54人(2022年度)。いま存続の危機にある 社会

地方ローカル線、全国90区間で存続危機 最も崖っぷちにある鉄路は「輸送密度」20人(AERAdot. 2024/02/25/ 16:00)

ローカル線を取り巻く環境は、厳しさを増している。存続が危ぶまれる区間はどこか。鉄路が寸断されるとどうなるか。AERA 2024年2月26日号より。

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千葉県の房総半島のまん中を走るJR久留里線(木更津-上総亀山)。2月上旬の平日の午後、終着の上総亀山駅(同県君津市)で2両編成の列車を降りた乗客は、5人しかいなかった。駅近くに住む70代の女性は、千葉市内の病院に行くのに、週に1度は列車を利用している。

「久留里線は大事な足。なくなったら、困っちゃうわよ」

昨年3月、里山を走るこの鉄道に衝撃が走った。

運営するJR東日本が、久留里線32.2キロのうち、末端部の久留里(同)-上総亀山間9.6キロについて、バス路線への転換も視野に存廃協議に入ると、千葉県と君津市に申し入れをしたと発表したのだ。JR東が事実上の存廃協議を申し入れたのは、災害で長期不通となった路線を除き初めて。JR東は、「鉄道の特性である大量輸送のメリットを発揮できていない状況にある」と説明した。

揺れる地方の鉄路

JR東に限った話ではない。地方の鉄路が存廃に揺れている。

国土交通省は昨年8月、赤字が続くローカル線の経営改善や存続などを議論する「再構築協議会」を設置する際の基準を示す基本方針を決定。1キロ当たりの1日平均利用者数を表す「輸送密度」が「1千人未満」の線区を優先すると記した。

1千人未満の線区は、いったいどれくらいあるのか。非公表のJR東海を除く、JRグループ5社がホームページなどで公表しているデータなどで調べると、全国に90区間。そこから災害で運休している路線を除いたワースト50を一覧にした。

最も崖っぷちにあるのは、広島・岡山両県を走るJR西日本・芸備線の東城(広島県庄原市)-備後落合(同)の25.8キロ区間で、輸送密度は20人(2022年度)。冒頭の久留里線の久留里-上総亀山間は、輸送密度は54人(同)とワーストスリー。21年度の運賃収入はわずか100万円で、3億円近い赤字。営業費用に対する運輸収入を示す収支率は0.5%で、JR東全体でも最低水準にある。

「鉄道の存続を真剣に議論する時にきている」

鉄道と街づくりに詳しい国学院大学の大門創(はじめ)准教授(交通計画)はそう指摘する。

日本の鉄道は、鉄道事業者が全てを独立採算で賄うのが原則で、山手線など都市部で稼いだ利益を地方の赤字路線に充てる「内部補助構造」によってネットワークを維持してきた。しかし、そもそも人口減少で鉄道利用者は減少傾向だったのが、コロナ禍で加速した。稼ぐ力が細る中、今までの枠組みでは通用しなくなっている、という。

「例えば収支率0.5%ということは、99.5%は赤字補填(ほてん)していることになります。そうした路線まで内部補助構造によって支えるのは、限界にきています」(大門准教授)

鉄道網途切れると

日本は、全国に鉄道が網の目のように張り巡らされている。現在JR、私鉄を合わせた鉄道の総延長は約2万7千キロと、地球を3分の2周するまでになっている。そのネットワークが途切れると、何をもたらすのか。

大門准教授は、「広域的視点と地域の視点の両方でインパクトが生じる」と言う。

「広域的視点としては、ネットワークが寸断されることによって、利用者は今までは目的地に鉄道だけで行くことができたのができなくなり、車やバスなど別の代替交通手段を使うことになります。その結果、既存の鉄道の収支が下がり、運賃の値上げになることも考えられます。利用者にとっても、移動の選択肢が狭まります」

地域的なインパクトは、高齢者や学生など「交通弱者」に及ぼす影響だ。

「特に地方は、学生が鉄道を使えなくなると通える学校の選択肢が減ります。また学校や塾などの送り迎えを保護者が行うことになり、そうなると保護者の時間が制約され活動が停滞するので、地域の活性化にマイナスの影響を与えることにもなります」(大門准教授)

18年4月、島根と広島を結ぶJR西日本の三江線(さんこうせん、三次-江津(ごうつ)、全長約108キロ)が、利用者の減少が止まらず廃線となり、バスに代替された。廃線から6年近く経ち、沿線に住む40代の女性は、「街も寂しくなった」と嘆く。

「観光にも生かせる鉄道だったので、廃線になる前に何とかできなかったのかな、と思います」

ただ、「鉄道がなくなると地方が衰退する」というだけで、苦境を乗り越えられるわけではない。交通手段としてだけなら、バスで十分という面もある。

「オプション価値」

島根県立大学准教授で、ローカルジャーナリストとして『ローカル鉄道という希望』の著書もある田中輝美さんは、「大切なのは、一地域の問題に矮小化しないこと」だと強調する。一地域の問題と捉えると本質を見失いがちになる、と。

「鉄道の価値の一つはネットワークです。地域と地域、人と人が繋がれば、新しい出会いや交流の可能性が広がります。繋がりの可能性を狭める社会が本当に幸せなのか、そうした視点から見ていくことも必要です」

そのためにも、社会を支えるインフラとして鉄道を位置づけることが重要と田中さん。

「例えばインフラと認識されている道路について、赤字だからなくしてもいいという議論はあまり聞かれません。鉄道も同じです。ただ、日本は主に都市の鉄道事業者の成功体験があるために、鉄道に採算性を求める風潮が強すぎると感じます」

鉄道の価値は採算面だけでは測れない。いつでも誰でも乗れ、高齢になった時も使える。こうした選択肢がある状態を「オプション価値」と言い、鉄道の場合は特に強い。しかも脱炭素社会に向け、CO2(二酸化炭素)の排出量が少ない鉄道が果たすべき役割は大きい。

(編集部・野村昌二)

※AERA 2024年2月26日号より抜粋

野村昌二
ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。