国際秩序を決める選挙イヤー トランプ氏再選=「もしトラ」の思考実験を(産経新聞 2024/1/1 12:00)
今年は世界の重要な民主主義諸国・地域で指導者を決める選挙が続く。「民主主義の最前線」を自任する台湾で1月13日に実施される総統選から11月5日の米大統領選まで、有権者の選択は自由と法治を基礎とする国際秩序の行方を左右する。中国やロシアなどの権威主義体制が影響力を強める中、民主主義の命運がかかる選挙イヤーとなる。
スウェーデンの独立機関「V―Dem」の2023年版報告書によると、世界では権威主義に向かう国が増え、22年時点で世界の人口の72%が権威主義体制下で暮らす。民主主義は今や「少数派」と言っていい。
台湾の総統選は、中国共産党一党独裁の習近平体制が統一圧力を強める中、民主進歩党政権が継続するかが焦点だ。対中警戒感が強い民進党の候補、頼清徳副総統は「台湾の自由と民主主義を守り、(中国による)併呑を許さない」と主張。中国国民党など野党の2候補は中国との対話を重視し、総統選は「平和か戦争の選択だ」と訴える。同日実施の立法委員(国会議員に相当)選で民進党が多数を維持するかも後継政権の安定を占う。
韓国では4月に国会の総選挙があり、日米重視の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の政権与党が少数派から脱せるかが焦点。インドネシアの大統領選(2月14日)では任期満了のジョコ大統領が影響力維持を図り、民主主義の後退に懸念も。インドの総選挙(4~5月)はモディ首相の与党が優勢だが、政権発足10年となり権威主義化が指摘される。
ロシアの大統領選(3月17日)ではプーチン大統領の通算5選目が確実。ロシアの侵略を受けるウクライナは戒厳令下にあり、5月に任期切れとなるゼレンスキー大統領が大統領選に難色を示すが、不実施なら米欧からの支援削減の口実となる恐れもある。欧州連合(EU)の欧州議会選(6月6~9日)はウクライナ支援の今後を占う上でも重要だ。
中露は歩調を合わせて米欧中心の民主主義の信頼をおとしめ、権威主義の優位性を示そうとしている。11月の米大統領選は重要だ。再選を目指す民主党のバイデン大統領は、共和党候補指名が有力なトランプ前大統領が前回大統領選の結果を受け入れていないことを「民主主義の脅威」と批判。トランプ氏が返り咲けば、ウクライナ支援の停止はほぼ確実で、欧州、アジアで同盟国との関係が緊張含みとなれば民主主義陣営の結束の乱れは避けられない。(田中靖人)
「もしトラ」の思考実験を 森聡慶応大教授
11月の米大統領選は国際秩序の行方に大きな影響を及ぼす。最近の世論調査によると、帰趨を決する接戦州6州のうち5州でトランプ前大統領がバイデン大統領をリードしている。訴訟の問題はあるが、トランプ氏が再選される可能性は現時点で十分ある。
今から「もしトラ(もしトランプ氏が再選されたら)」の思考実験をしておけば、過剰反応せずに済む。欧州の専門家は、米国が北大西洋条約機構(NATO)から脱退する可能性を議論していると聞く。
トランプ氏の本質は、米国と諸外国の平和と繁栄は切り離して存在し得るという一国主義的な重商主義だ。周囲を「忠臣」で固め、思いつくままの「米国第一」が先鋭化した形で実行されるだろう。
ウクライナ支援の大幅削減・停止は十分予想される。アジアの懸念は台湾だ。中国が台湾に侵攻したらどうするかと問われた際には、「交渉」に関わることなので答えないと応じた。「台湾は米国から半導体を奪った」とも発言している。台湾防衛と引き換えに「米国に半導体工場を移せ」と圧力をかけるかもしれない。台湾で総統と立法院(国会に相当)の多数派がねじれて分割政府が誕生していれば、問題はさらに複雑になる。
米議会と官僚機構がトランプ氏に歯止めをかける可能性はあるが、大統領が物議をかもす発言をするだけで米国の信頼は低下する。米大統領が同盟国・提携国を重視せず法の支配、人権、民主主義を推進しなくなる世界を日本はどう生き抜くか考える時だ。