マイナ保険証で追い込まれる「かかりつけ医」…廃業が過去最多 「紙」が廃止なら保険診療を続けられない(東京新聞 2023年6月29日 06時00分)
現行の健康保険証を廃止し、マイナンバーカードに一体化させる「マイナ保険証」で、地域住民の健康を見守る小さなかかりつけ医が廃業の危機に立たされている。マイナ保険証導入で機器が必要になるほか、診療報酬の請求もオンラインが主流になり、医療のデジタル化について行けなくなっている。小規模開業医では、診療報酬を専用の用紙に手書きで記入し請求しているケースもある。その一つ、岐阜市の歯科医院で実情を取材した。
JR岐阜駅から徒歩15分ほどの市街地にある篠田歯科医院。小さな待合室で院長の篠田公敬きみたかさん(73)が待っていた。
「ずっとワンマンオペレーションでね。受け付け、治療、会計、カルテへの記入、診療報酬の請求事務、掃除、機器の消毒まで全部私1人でやってます。患者さんがそんなに多くないので、レセプト(診療報酬明細書)も紙なんです」
レセプト 医療機関が健康保険組合など保険者に患者自己負担分以外の支払いを求める「診療報酬明細書」という名称の請求書。金額は医療行為・サービスを点数化した表に基づき算出する。医療機関は「社会保険診療報酬支払基金」や「国民健康保険団体連合会」の審査支払機関に対して手続きする。
篠田さんは、地元の私立大歯学部で学生の指導や付属診療所で治療に当たっていたが、2001年に父親の医院を引き継いだ。
患者は月で延べ50人ほど。「4分の3は徒歩か自転車で来院し、ほとんどが私の親の代から通う患者さん、または、その子や孫です。保険証を忘れても10割請求なんて冷たいことはしません。月末に持ってきてもらえばいい」
そんな篠田さんが昨年10月、政府が「健康保険証の2024年秋廃止」を決めた時は、心穏やかではなかった。「当時、マイナンバーカードがそんなに普及していなかったので、システムとして成り立つのかなと疑問に思った」
厚生労働省によると、今年1月時点で全国の70%の医療機関はオンライン請求、27%が電子レセプトを光ディスクなどに記録し郵送する。篠田さんのように紙で請求するのは約7700機関(3.4%)と少数派だ。今後も「紙」の請求は可能だが、現行の保険証がなくなれば、マイナ保険証を読み取る機器もないため、保険治療ができなくなる。
「レセプト用紙は県歯科医師会が供給していますが、使用する医師の減少で印刷部数も年々減り、いつまで続くか不安。保険証もレセプトも紙がなくなると、廃業を考えざるを得ない」
国は地域でかかりつけ医を持つことを推奨しながら、篠田さんのような医療機関を存続の瀬戸際に追い込む。後継ぎがいない篠田さんはこう訴える。「来てくれる患者さんがいるのに、この先どうしようかな、と崖っぷちに立っている時に、マイナ保険証に背中をどーんと押された感じです」
◆過去最多の廃業届…さらに約1000件が閉院と推計
全国保険医団体連合会(保団連)によると、全国の各地方厚生局に出された保険医療機関の廃止数は3月には、医科で724件、歯科で379件で計1103件の届け出があり、少なくとも昨年5月以降で最多となっている。
これは4月に、マイナ保険証導入に伴い、医療機関に患者情報などをデジタル処理するオンライン資格確認が原則義務化されたことが大きな要因とみられる。
また、現行の健康保険証が廃止される2024年秋までに「閉院・廃院する」との理由で、オンライン資格確認システムの導入猶予の届け出を国に出している医療機関数は、保団連の推計で約1000件にのぼるとみられている。
保団連事務局や複数の医療機関関係者によると、過疎地域を中心に全国で医師らの高齢化が進んでいた状況下で、オンラインシステムの新規整備や維持に多額の費用がかかることや、情報漏えいのリスクなどを警戒し、閉院に至る事例も少なくないという。