留学中の中国人学生も怯える、中国共産党の監視の目…国外にいても党の支配からは逃れられない(Newsweek 2023年2月24日(金)13時40分)
トム・カネッティ(ジャーナリスト)
Bjorn Bakstad-iStock
<オーストラリアから祖国の民主化を訴える中国人学生の大きすぎる代償>
オーストラリアの大学で学ぶ中国人留学生のローラ(仮名)には、同胞の留学生が中国共産党に忠誠を誓っているかどうかを簡単に判別できる方法があるという。「台湾を国だと『うっかり』口にする。反論されなければ、香港人の勇敢さについても触れてみる。それでも大丈夫なら、相手が仲間だと分かる」
ローラのような民主主義を支持する中国人留学生は、周囲の同胞の目を警戒しなければならない。ナショナリストの留学生仲間から嫌がらせを受けたり、祖国の当局に通報される恐れがあるためだ。ローラは自らの素性が明らかになれば、家族が「逮捕されて刑務所で拷問を受けるだろう」と語る。
彼女と友人たちは大学のキャンパスに共産党批判のポスターを貼って回るが、翌日には撤去されたり破られていたりする。「アイデアは壊せない。アイデアは弾丸にも勝つ」と書かれたポスターに、共産党支持のある学生は「だが私はおまえの口を引き裂ける」と落書きした。習近平(シー・チンピン)体制に反対する者を抑え付けようという意図が透けて見える。
一方、シドニーの大学で学ぶアーロンのように変装によって身を守る者もいる。アーロンは昨年12月、新疆ウイグル自治区ウルムチで発生した高層住宅火災の犠牲者を悼むためにシドニーで行われたキャンドルナイトに参加。集まった民主派学生らは「中国共産党支持のナショナリスト」に卵や石を投げ付けられた。
アーロンはネット上では偽名を使っているが、この抗議運動では「くまのプーさん」のコスチューム姿で注目を浴びた。習と見た目が似ていることから、プーさんは(言論統制を象徴する白い紙と並んで)中国共産党への反発を表す世界的なシンボルとなっている。だがかわいいコスチュームの下で、アーロンは自分の行動が自身や家族に危険をもたらすのではないかと恐れていた。「中国共産党に素性を特定されたら、私は刑務所に送られる」
大学は留学生の保護に及び腰
オーストラリアの大学にとって、中国人留学生の安全と、彼らが政治的な発言をする自由を守るのは簡単な話ではない。その一因は、同国の教育制度における中国人留学生の特別な位置付けにある。オーストラリアでは教育は重要な輸出品で、自国の学生の約4倍の授業料を払ってくれる留学生は貴重な収入源だ。2019年に中国人留学生がオーストラリアの大学にもたらした収入はおよそ80億ドルに上る。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは21年の報告書で、中国共産党がオーストラリアの大学に手を回している実態を指摘した。「授業料を全額負担する留学生への過度の依存と、中国人留学生および中国関連の研究者の学問の自由をめぐる問題に大学が目をつぶっている状態の間には明確な相関がある」と、報告書の著者ソフィー・マクニールは語る。中国人留学生への過度の依存は、学校側の検閲や学生の自己検閲を助長するだけでなく、留学生仲間による民主派学生への嫌がらせや脅迫の原因にもなっているという。
中国共産党は留学生を「新たな重点」と位置付け、在外中国人の非公式ネットワークを介して彼らに影響を及ぼそうとしている。その結果、留学生たちは国外にいるにもかかわらず、党の支配から逃れられない。
オーストラリアの中国人学生学者連合会(CSSA)は中国大使館と緊密につながり、大使館から資金援助も受けている。中国当局の強力な情報ネットワークとして機能しているため、民主派学生は恐怖心からCSSAに近づかない場合が多い。
一方、ニューサウスウェールズ大学のように圧力に抵抗し、民主派学生の権利を守ろうとする大学もある。同大学は最近、キャンパスへの外国からの干渉に対抗する新たな枠組みとして、外国政府が絡む嫌がらせなどを匿名で通報できるポータルサイトを立ち上げた。
オーストラリアではこの1年、中国の民主化を求める運動が活発化しており、ゼロコロナ政策だけでなく、党による国家統制と監視への広範な抗議運動が広がっている。そうした活動に参加し、自らの政治的見解を明らかにする留学生も増えている。
だが、抗議運動への参加は身元を隠していてもリスクが高く、公然と異議を唱える者にはさらに厳しい現実が待ち受けている。
例えば、シドニーの大学院で学ぶ著名フェミニストでLGBTQ活動家の中国人女性。「ホラー・ズー」の仮名で活動する彼女は当初、抗議運動の場でマスクをかぶっていたが、天安門事件31周年の2020年にマスクを取って顔をさらした。以来、彼女は表現の自由とゼロコロナ政策撤廃を求める抗議活動をシドニーで何度も組織してきた。
オーストラリアでは、こうした行為は言論の自由として認められた合法的な活動だ。しかし中国当局は中国で暮らす彼女の家族を呼び出し、父親に娘との連絡を絶つと誓約する書類に署名させた。
帰国後に拘束された仲間も
「家族は真夜中に警察に連行され、父は帰宅を許されなかった」と、ズーは語る。「署名しなければ、家族は懲役10年の刑を下され、年金も取り消されるだろう」
ズーによれば、中国当局は監視装置とおぼしきものを自宅に強制的に設置し、彼女が帰国したり、家族と連絡を取ったりしないか監視しているという。ズーが中国に戻る可能性はゼロ。将来はオーストラリアで博士号取得を目指したいという。
昨年秋の中国共産党大会で習への権力集中が一段と加速した結果、多くの民主派学生が祖国での自身の将来に不安を募らせている。冒頭のローラは、中国に帰国した留学生仲間が「警察に捕まり、今も拘束されている」と語る。
だが、そうしたリスクを踏まえても、国外の自由な環境を生かして習体制に立ち向かおうとする活動家たちにとって、沈黙と匿名の代償はあまりにも大きい。
アーロンはいずれ、くまのプーさんの仮面を脱いで素顔で抗議活動に参加するつもりでいる。「中心人物がいない活動であっても、誰かが注目を集める必要はあるから」
「革命が完全に成功するとは思っていない。それでも(コロナ対策の)ロックダウンが終了したことで、中国共産党を一歩後退させられることは証明できた」と、アーロンは語る。「未来のために立ち上がる人が増えることにつながるだろう」