チベット高原の氷河から約960種の「未知の微生物」を発見!(ナゾロジー 2022.07.14)
ユーラシア大陸の中央に広がるチベット高原には、約4万6000の氷河があります。
そこには古代に閉じ込められたまま、タイムカプセルのように保存された数多くの微生物が潜んでいます。
中国科学院(CAS)の研究チームはこのほど、チベット高原の氷河サンプルを調査、968種の微生物を発見したと発表しました。
そして、そのうちの98%が未知の新種であると判明したのです。
研究チームは、温暖化による氷河の溶解で、未知なる細菌やウイルスが解き放たれることで、新たなパンデミックが発生するかもしれない、と懸念しています。
研究の詳細は、2022年6月27日付で科学雑誌『Nature Biotechnology』に掲載されました。
氷河サンプルから968種の微生物を発見!うち98%が新種
研究チームは、2016年から2020年にかけて、チベット高原の21カ所から氷河サンプルを採取し、中に閉じ込められた微生物のDNA解析を行いました。
氷河の中の微生物群のゲノム配列を決定して、データベースにする研究は今回が初めてです。
このデータベースは「チベット氷河ゲノムカタログ(TG2G)」と命名されています。
そして調査の結果、チベット高原の氷河サンプルから968種の微生物が発見されました。
その大部分は細菌が占めていますが、他に古細菌や真菌も見つかっています。
(細菌と古細菌は、細胞核を持たない”原核生物”に分類され、真菌は、細胞小器官を持つ”真核生物”で、キノコやカビを指します)
さらに、この968種のうち、実に98%が未記載の新種であることがわかりました。
一方で、これらの微生物がどの時代のものであるかはわかっていません。
チームは、先行研究などの知見から、最大で1万〜1万5000年の間、氷河の中に閉じ込められていたものと見ています。
では、今回見つかった微生物群は、人類やその他の動植物に対し、潜在的な危険性を持っているのでしょうか?
人類に対する潜在的な危険性はあるのか?
研究チームは今回、チベット氷河ゲノムカタログ(TG2G)の中から、約2万7000個の病原性因子を特定したと報告しています。
病原性因子とは、細菌が潜在的な宿主の体内に侵入して、コロニー化するのを助ける分子のことです。
さらに「これらの病原性因子のうち、約47%は過去に確認されたことのない分子であり、どれほど危険性があるのか知るすべはない」と述べています。
加えて「これらの細菌が、氷河から解き放たれたのち、長く生き延びなかったとしても、危険は残されている」と指摘します。
というのも、細菌は「可動遺伝因子(MGEs)」という、自身のDNAの一部を他の細菌と交換できるユニークな能力を持っています。
そのため、氷河中の細菌が、解凍後にまもなく死滅したとしても、遭遇した他の細菌に病原性因子を伝えることで、それが動植物に伝播する可能性は十分あり得るのです。
このことから「氷河中の微生物と現代の微生物との遺伝的な相互作用は、特に危険をはらんでいる」と研究者は警告しています。
チベット高原は現在、世界平均の3倍のスピードで温暖化が進んでおり、すでに氷河の8割が縮小し始めています。
懸念すべきは、チベット高原が近隣都市への重要な水源となっている点です。
とくに、中国の長江と黄河、インドのガンジス川など、世界でも有数の人口密度の高さを誇る地域につながっているため、将来的なパンデミックの発生が非常に危惧されています。
また、これはアジアだけに留まる問題ではありません。
地球上には、陸地面積のほぼ10分の1を占める氷河があり、衛星画像を分析した2021年の研究によると、その大部分の氷河が加速度的に溶解し、世界各地で古代の微生物が解き放たれつつあるという。
実例としては、2016年のシベリア西部で、大規模な炭疽病が発生し、1500頭以上のトナカイが大量死する事件がありました。
これは、記録的な猛暑により、永久凍土に70年以上前に閉じ込められたトナカイの死骸から炭疽菌が蘇って広まったことが原因と判明しています。
まとめ
イタリアの作家であるパオロ・ジョルダーノ氏は、2020年の著書『コロナの時代の僕ら』の中で、興味深い指摘をしています。
それは、人類が森林伐採のような環境破壊を押し進めたことで、そこを住処としていた病原体が居場所を失い、引越しを始めた、ということです。
病原体はもともと自然の中でのんびり暮らしていたが、人為的な生息地の減少にともない、引越しを余儀なくされたとジョルダーノ氏は語ります。
その中で、広い範囲を移動してくれる人間や動物は、引越しに最適な乗り物です。
すると、コロナのような世界的なパンデミックが発生します。
これを踏まえると、温暖化による氷河の急速な溶解と微生物の解放についても、同じようなことが言えるのではないでしょうか。
深刻化する気候変動の一部は、人間が都市化と工業化を過剰に進めた結果でもあります。
私たちが自然との関わり方を変えないかぎり、コロナに次ぐ第2、第3のパンデミックがやってくるかもしれません。
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ライター:大石航樹
愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者:海沼 賢
以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションも担当することに。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。