[スキャナー]ウクライナ西隣の小国モルドバ、次の標的か…響く銃声「次はここを狙ってくる」(読売新聞 2022/05/02 10:05)
ウクライナの西隣にある旧ソ連の小国モルドバが、ロシアによる軍事侵攻の次の標的になる懸念が強まっている。ロシアには、モルドバを足がかりに黒海沿岸部を支配し、ウクライナを弱体化させる思惑があるようだ。
不穏な動き
モルドバ東部に「沿ドニエストル共和国」を名乗る地域がある。約30年にわたり露軍が駐留しており、事実上のロシア支配地域だ。
この地域では最近、不穏な動きが相次ぐ。4月26日、ラジオのロシア語放送に使われていた電波塔2本が何者かに爆破された。25日夜には中心都市チラスポリで、当局の建物にロケット弾が撃ち込まれた。別の場所で治安部隊が襲撃されたとの情報もある。
モルドバは1991年のソ連崩壊に伴い独立国となった。プーチン露大統領がロシアの勢力圏と見なす国の一つだが、現在の政府は米ハーバード大で政治学を学んだマイア・サンドゥ大統領の下、親米欧姿勢が鮮明だ。
露国営メディアは4月、「沿ドニエストルのロシア語系住民が迫害されている」とする露軍幹部の発言を伝えた。「ロシア語系住民の迫害」は、ロシアが侵略の大義名分に使う常とう句だ。
米欧の専門家は、最近の電波塔爆破などについて、露軍が自作自演でモルドバ侵攻の口実を作り出そうとしている可能性を指摘する。
「新ロシア」
この露軍幹部は、ウクライナ東部と南部の「完全掌握」を目指しているとも語り、黒海沿岸全域の制圧を目指す意向を明確にした。プーチン氏はかつてこの一帯を「ノボ(新)ロシア」という帝政ロシア時代の名称で呼び、領土獲得の野心をのぞかせたことがある。
ウクライナ経済は小麦や鉱物資源の輸出に負うところが大きく、その約7割は黒海から船で輸送される。沿岸全域が露軍の手に落ちれば、ウクライナは事実上の内陸国となり、発展の道が狭められることになる。
特に重要なのはウクライナ最大の港湾都市オデーサ(オデッサ)で、経済、軍事両面で戦略的価値が高い。沿ドニエストルからオデーサまでは約70キロと近く、露軍はオデーサ攻略に向けた布石として、モルドバで足場を固めようとしている可能性がある。
沿ドニエストルの露軍駐留部隊は現在、約1500人にすぎないが、今後増強されれば、ウクライナ軍はこの方面に兵力を割かざるを得なくなる。
NATO未加盟
ロシアがモルドバ全土の占領支配に踏み出すシナリオも排除できない。モルドバ政府軍は兵力わずか5000人。兵力20万人のウクライナ軍と異なり、露軍に太刀打ちできる見込みは、皆無に等しい。
英王立防衛安全保障研究所が4月22日に出した報告書によれば、ロシア情報機関・連邦保安局(FSB)が、モルドバ国内で政治情勢不安定化を狙った工作を活発化させているという。
英紙フィナンシャル・タイムズは、ウクライナ情報当局者の話として、露軍は「選択肢としていつでもモルドバを攻撃できる」との見方を伝えた。
米欧諸国はモルドバ情勢への対応を明確にしていない。ただ、モルドバもウクライナ同様、北大西洋条約機構(NATO)加盟国ではないため、米欧が直接的な軍事介入に踏み切る可能性は極めて低いのが実情だ。
不安募らせる住民
ロシアのターゲットと目されるモルドバの住民は、不安を募らせている。
「露軍がウクライナ南部を制圧したら、次はここを狙ってくると村中で話している。非常時のために食料も買いだめしてある」
モルドバ東部を流れるドニエストル川の東岸に位置する人口2100人のモロバタノウア村。ホテル従業員のアンジェラ・アクセンティエブさん(49)が、心配そうに語った。
川に半島状に突き出ている村は、「沿ドニエストル共和国」に隣接している。「共和国」を通過せずに移動するには、陸路は使えず、対岸との間を運航するフェリーに乗るしかない。村側の乗り場には露軍が検問所を設け、カラシニコフ銃を肩から下げた兵士が車の出入りを常時監視する。
露軍がウクライナ侵攻を開始した2月24日には村中がパニックに陥り、住民がフェリー乗り場や銀行に長蛇の列を作った。
その後、沿ドニエストル側から銃声が聞こえてきたこともある。駐留する露軍部隊の訓練とみられる。通常の訓練なら村に事前通告されるが、今回は何の連絡もなかったという。
オレグ・ガジア村長は、「戦闘がここまで近づいた時にどうすべきか軍に問い合わせているが、返答はない。銃器が支給されれば、住民は抗戦するだろう」と語った。露軍が侵攻してきたら、まずは幼児と保護者をフェリーに乗せ、夜間に避難させる段取りだという。