ウクライナ侵攻は「宗教戦争」泥沼化の可能性も プーチン氏に「ロシア正教を守る」使命感(AERAdot. 2022/04/22 11:00)
国際社会から非難を浴びながら、ウクライナ侵攻を続けるロシアのプーチン大統領。民間人への攻撃さえいとわない暴挙の背景には何があるのか。AERA 2022年4月25日号は、三浦清美・早稲田大学文学学術院文学部教授に聞いた。
* * *
今回の戦争は、「宗教戦争」であると思っています。西欧のキリスト教とロシア正教との戦争です。
NATO(北大西洋条約機構)を構成する大多数の西欧諸国は、かつてのローマからカトリックを受け入れた国々を母体としています。
一方、ロシアとウクライナの前身である「キエフ・ルーシ(公国)」は988年にコンスタンティノープル(現イスタンブール)からギリシャ正教を受容します。これが、今のロシア正教の原点となりました。
カトリックとロシア正教は同じキリスト教ですが、似て非なるもの。その違いは、イエス・キリストをいかに考えるかの違いです。カトリックではキリストは神であると同時に人間であるのに対し、ロシア正教は思考の上では同じように理解しながら、感性の上ではキリストが人間であることが迫ってきます。つまり、ロシア正教は神と化した人間を求めるのです。
この違いが1千年にわたる宗教対立となり、ロシア人特有の宗教感覚は国の頂点に立つ者を「神の代理人」とする統治者観を生むことになりました。
神の代理人は、帝政ロシアではツァーリ(皇帝)で、今はプーチン氏です。プーチン氏の権力の強大さは、この統治者観の上に成立しています。
ですから神の代理人であるプーチン氏がウクライナに侵攻すると言えば、ほとんどのロシア人は神に命令されるのと同じ感覚で最終的には受け入れているのだと思います。
総主教は侵攻を支持
またロシア人には、西欧に対する長年の反発もあります。邪悪な西欧が善良なロシア人をいじめている。ロシア人はそういう気持ちを常に抱いています。
プーチン氏がウクライナの侵攻を決めたのは、ウクライナを民主主義でたぶらかそうとする西欧に対する怒りがあります。また、ウクライナが西側に近寄ることでNATOのミサイルがウクライナに配備されれば、ロシアが脅威にさらされるという強烈な危惧があります。
西欧に流れていこうとするウクライナに対するいら立ちと、それに対する制裁という側面もあったと思います。
そしてプーチン氏自身、ロシア正教に帰依しています。ロシア正教を守るためには、自分が何とかしなければという使命感に駆られているはず。世界を敵に回してもです。ロシア正教を守るためにはやり抜こうと思っているはずです。
宗教戦争であるのなら、宗教指導者同士が話しあえば戦争は終わるのでは、という意見もあります。しかし、そもそもカトリックとロシア正教は対立関係にあります。また今回、ロシア正教の最高指導者の総主教はプーチン氏のウクライナ侵攻を支持しています。仮にカトリックの最高指導者である教皇が総主教に何か言えば、火に油を注ぐことになりかねません。
戦争の根底に宗教がある以上、争いの根が深く、泥沼化する可能性を秘めているという認識でいる必要があると思います。とにかく今は、プーチン氏に逃げ場所を残しておくことです。
「神の代理人」という統治者観は、ロシアという国が存在する限り存在し続けるでしょう。プーチン氏が去った後、神の代理人としてふさわしい指導者が出てくれることを願っています。
(編集部・野村昌二)
※AERA 2022年4月25日号