<社説>東電旧経営陣再び無罪 リスク軽視認めるのか…中國新聞

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東電旧経営陣再び無罪 リスク軽視認めるのか(中國新聞 2023年1月19日 07:00)

原発事故ゼロを願い100%の安全を求める市民感覚と、司法判断との深い溝が改めて突き付けられたと言えよう。

国内の原子力災害では史上最悪となった東京電力福島第1原発事故を巡る控訴審判決である。業務上過失致死傷罪で強制起訴された勝俣恒久・元会長ら旧経営陣3人に対し、東京高裁はきのう、一審の東京地裁に続いて、無罪を言い渡した。

争点は、巨大津波を予見できたか、事故を回避できたかどうかの2点だった。高裁は、10メートルを超す津波は予見できなかったとの一審判決を妥当だとした。

旧経営陣の主張をうのみにしたような判断だ。東電の賠償責任を問う民事訴訟や旧経営陣の責任を問う株主代表訴訟の判決とは真っ向から食い違う。いずれも、事故を招く巨大津波は予見できたと判断していた。

刑事責任を問うのは、民事訴訟に比べ、ハードルが高い。緻密な立証が求められるからだ。その点を考えても妥当な判断なのか、疑問が残る。

例えば、政府による地震予測「長期評価」の信頼性。専門家の英知を集めて2002年に公表された。東電社内では、それを受けて15.7メートルの津波が来る可能性があるとの試算まで出していた。にもかかわらず、対策を講じていなかった。

高裁は、長期評価には見過ごすことのできない重みがあったとしつつ、巨大津波の可能性を認識させるような性質を備えた情報ではなかったと判断した。理解に苦しむ。

人にも環境にも深刻な影響を及ぼす放射性物質を扱うのに、旧経営陣は原発のリスクを軽んじていた。自覚や責任感を欠くそんな振る舞いに、司法が再び「お墨付き」を与えてしまうのではないか。

事故が回避できたかどうかについて、高裁は「運転停止措置を講じるべき業務上の注意義務があったと認められない」とした。事故防止には運転を止めるしかないとの地裁の判断を踏襲したようだ。

しかし、運転を止めなくても事故は防げた。近隣にある東北電力女川原発は建設時、過去の大津波を教訓に敷地をかさ上げしており、津波被害は避けられた。日本原子力発電東海第2原発は長期評価を受けて津波対策を講じていたため、過酷事故を辛うじて免れたという。こうした事実を踏まえると、地裁も高裁も論理展開が強引過ぎる。

事故から11年以上たっても古里に戻れない人は多い。発生直後に出た原子力緊急事態宣言は今も解除されていない。深刻な影響を人々や環境に与えた責任を誰も問われなくていいのか。疑問は拭えない。理不尽さを感じる人は被災者に限るまい。

今回の3人は当初、不起訴処分だった。検察審査会が「起訴相当」と2度議決して強制起訴された。法律の専門家から見れば、個人の刑事責任を問うのは非常に困難なのだろう。公判で明らかになった事実もあり、強制起訴には意味があった。

問題は、個人しか刑事訴追できない現在の制度だろう。尼崎JR脱線事故でも、歴代3社長は無罪となり、確定した。

原発をはじめ、甚大な被害をもたらしかねない事業については、組織の責任を問える制度が必要ではないか。政府は、導入を真剣に考えるべきだ。