<社説>探る’23 日本経済の再生 次世代担う人への投資を(毎日新聞 2023/1/10 東京朝刊)
国力低下の表れではないか。昨年の歴史的な円安と物価高は国民生活や企業活動を直撃し、日本経済のもろさを浮き彫りにした。
ウクライナ危機に伴うエネルギー価格の高騰で、輸入額が急拡大した。一方、「メード・イン・ジャパン」の売り物は乏しく、貿易赤字は過去最大に膨らんでいる。経済政策や産業のあり方を根本から問い直す時期に来ている。
バブル経済の崩壊以降、日本は長らく低成長とデフレにあえいできた。「失われた20年」にどう対応すべきか。鳴り物入りで登場したのがアベノミクスだった。
2012年末の政権交代後、当時の安倍晋三首相は「最大かつ喫緊の課題は、経済の再生」と訴えた。大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略という「三本の矢」で経済を立て直す考えを表明した。
アベノミクスもう限界
中核となったのが、市場に大量のマネーを流し込む異次元の金融緩和だ。日銀の黒田東彦総裁は「2年程度で2%の物価安定目標を達成できる」と豪語した。
円安と株高を演出し、グローバル企業の業績を押し上げたのは確かだ。しかし、企業は稼いだ利益で内部留保を積み上げ、成長を求めて海外への投資に力を注いだ。
産業空洞化の流れは止まらず、経済の好循環は実現していない。とりわけ問題なのは、恩恵が大企業や富裕層などに偏り、幅広い働き手に及んでいない点だ。
賃金は伸び悩み、非正規労働者は増え続けた。企業は2000万人を超える非正規を、雇用の調整弁にしている。
異次元の緩和が、財政規律を失わせていることも見逃せない。
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、政府は景気対策を繰り返し、国債発行額は20年度に100兆円を超えた。超低金利で利払い費が抑えられてきたことが背景にある。防衛費も大幅に増額し、異次元の財政悪化を招いている。
もはやアベノミクスの限界は明らかだ。金融政策を見直し、財政運営を正常化すべきだ。そのうえで、日本経済を支える新たな産業の創出を急ぐ必要がある。
求められるのは、地球規模の課題に取り組み、ライフスタイルを変えるような事業への挑戦だ。
ソニーグループは、ホンダと組み、環境車として本命視される電気自動車の開発に乗り出した。25年に最初の車を発売する。
合弁会社の社長には、ゲーム機や犬型ロボット、携帯電話などの開発に携わってきた人材を起用した。音楽や映像、センサーなど多分野の技術を結集し、「移動空間をエンターテインメントの空間にする」ことを目指す。
一方、11年に東京で設立された新興企業のTBMは、日本でも豊富な資源量を誇る石灰石を原料に、紙やプラスチックの代替素材を開発・製造している。
森林破壊が懸念される木材パルプを使わず、石油由来のプラスチック使用量も減らせる。石灰石が持つ可能性に着目した創業者が、大手製紙会社元役員の協力を得て、新素材の開発にこぎつけた。
1万社以上が名刺や会社説明の冊子、レジ袋、食品容器などに採用している。「サステナビリティー(持続可能性)革命を実現する」という目標に共感し、大企業の出身者らが入社している。
カギ握る新産業の創出
企業のイノベーションに詳しい早稲田大の清水洋教授は「経営資源が豊富な既存企業が新たなビジネスに参入する一方、研究開発型のスタートアップを増やすことが重要になる」と強調する。
成功のカギを握るのは、人材を確保しやすい環境の整備だ。清水教授は「自発的な労働移動を増やせるかがポイント」と指摘する。
成長分野で働く人を増やすため、岸田文雄首相はリスキリング(学び直し)に5年間で1兆円の支援をすると表明しているが、実効性が問われる。
企業は新事業で活躍する人材を育てる。政府は個々人の学び直しを直接支援し、働きがいがあって待遇の良い仕事を選べるようにする。離職せずに自分の技能を試す副業や兼業も普及させていく。
実行する際には「人件費はコスト」という考え方から脱却し、「人材は貴重な経営資源」との認識を広めていくことが不可欠だ。
人材重視の経営で新たな分野にチャレンジする機運を高め、産業構造の転換を図る。それこそが日本の未来を切り開く道だ。