物質なのに質量ゼロの光子の謎も説明!質量を生み出す「ヒッグス粒子」とは?(ナゾロジー 2024.11.24 Sunday)
CERN研究所のLHC(大型ハドロン衝突型加速器)が2012年に新たに発見した素粒子「ヒッグス粒子」。
この素粒子については、質量を生み出す「神の粒子」として物理に興味がない人でも耳にしたことがあるでしょう。
この粒子の説明を聞いたとき、「質量の起源となる素粒子が見つかったなら、それってつまり重力子が見つかったってことなの?」と勘違いした人もいるかもしれません。
しかし、重力を生み出す素粒子「重力子(グラビトン)」は今も未発見のままです。
質量の起源となる素粒子は、なぜ重力とは関係ないのでしょうか?
今回は質量を生み出すヒッグス粒子がどんな粒子なのかを解説するとともに、「質量と重力は何が違うのか?」「質量はどうやって生まれるのか?」という疑問について解説していきます。
【参考文献】
重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B009CTXQT2
量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語
https://www.amazon.co.jp/dp/B01LXJ8OQJ
ライター:海沼 賢 Kainuma Satoshi
ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。
編集者:ナゾロジー 編集部 Nazology Editor
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質量とは何か? 物質なのに質量ゼロの光子の謎
私たちはどんな物質であれ、どんどん大きくなって物質の量が多くなれば質量が大きくなることを知っています。
小さな子供より、お相撲さんのほうが質量は大きくなりますし、密度の小さいアルミより密度の大きい鉄(スチール)の方が、同じ大きさでも質量が大きくなります。
質量という単位を厳密に定義することは非常に難しい問題ですが、これは簡単に言ってしまえば、そこに含まれている物質がどれだけあるのかという量を示す値と言えます。
普通に暮らしている分には、質量とはこういう単純な理解で問題はありません。
しかし、物理学者たちは量子力学という世界を発見し、物質を作り出す最小単位の世界を覗き見るようになりました。
このとき問題になったのが、素粒子1つ1つの質量はどうやって決まっているのかという問題でした。
例えば原子は原子核に含まれる陽子と中性子の数で重さが決まります。この陽子と中性子は「クォーク」と呼ばれる素粒子の集まりです。
そのためクォーク1つ1つには当然質量があります。
しかし、ここで問題となったのが同じ素粒子でも、質量がゼロというとんでもない存在がこの世界に存在することです。
それが光子です。光子は質量を持ちません。
さきほど、質量は物質の量だという話をしましたが、では光子はこの世界に物質として存在しないのでしょうか?
当然そんなことはありません。
光子はたしかに物質としての存在を持っていて、粒子として観測すれば1つ2つと数えることができ、この世界でさまざまな仕事をすることができます。
では、なぜ光子は質量を持たないのでしょうか?
この問題に答えるためには「物質がこの世界に存在すれば、そこには自然と質量が生じる」という考え方を捨て去らなければなりません。
質量には明らかになんらかの原因があり、その結果として生じていると考えられるのです。
量子論は当然、それが何らかの素粒子との相互作用によって生じると予測します。
そして発見されたその「何らかの素粒子」が、ヒッグス粒子なのです。
つまり質量とはヒッグス粒子との相互作用で生じていたのです。
しかしそれは一体何を意味するのでしょうか? 一体この世で質量が生じるメカニズムとはどういうものなのでしょうか?
ヒッグス粒子ってなんなの?
ヒッグス粒子は、質量をこの世界に生み出している素粒子です。
ヒッグス粒子は通常見ることもできないかすかな存在ですが、宇宙を海のように満たしています。
そして、空間を満たすヒッグス粒子は、他の物質にまとわりつくような性質があり、これによって物体に質量が生じているというのです。
そのため多くの解説では、この粒子は物質を空間にくっつける「糊のような粒子」だと説明されています。
クォークなどの素粒子はヒッグス粒子と相互作用するため、質量が生まれます。
しかし、光子はヒッグス粒子と相互作用しません。
そのため光子はこの世界に物質として存在しながら、質量を持たないのです。
だから光子はこの世界で最も速い速度で移動します。物理学的に可能な最高速度が光速度である理由もここにあります。
あれ? そうするとアインシュタインが発見した偉大な方程式「E = mc2」が成立しなくなるんじゃない? と疑問を浮かべる人もいるかもしれません。
たしかに質量mがゼロの光子は、この公式に当てはめた場合エネルギーEがゼロになってしまい、結局光子の存在は否定されるように感じます。
しかしこの公式が表しているのは静止質量と静止エネルギーであり、光子はただの一瞬たりとも絶対に止まることなく、どんな状況でも常に光速で動き続けることでこの問題を解決しています。
つまり光子は「質量を持たない」のと引き換えに「絶対に止まることができない」という性質を持つことになったのです。
質量の起源にまで人間の知識が及んだことから、ユーモアのあるノーベル受賞物理学者レオン・レーダーマンは自らの著書の中で、このヒッグス粒子のことを「神の粒子(God particle)」と表現しました。
これは質量(mass)とキリスト教のミサ(mass)が同じ綴りだからというジョークでもあり、また神が神秘のヴェールで隠していた領域についに人間が踏み込んだ記念碑的な発見だからという意味もあったようです。
ただ、神の粒子という言葉はメディアとの相性が良すぎて、世界でセンセーショナルに広まりすぎてしまいました。
そのため米国で素粒子研究を行うフェルミ研究所では、一般公開の際、敬虔なキリスト教徒が神の粒子の説明を求めて見学に訪れるようになり、ビッグバン理論の説明を聞いて気を悪くして帰っていくということが繰り返されたようです。
少し話しが逸れましたが、ヒッグス粒子を単純に説明するならそれは極めて簡単なことで、単に他の物質の動きをひっついて邪魔するというだけです。
これが質量を生み出す原因だとすると、ちょっと気になる問題が出てきます。
それは質量を生むヒッグス粒子は重力の問題とは関係がないのか? ということです。
多くの人は「質量が大きい=重力に強く引っ張られる性質」と理解していると思います。しかしヒッグス粒子の動きを邪魔するという性質は、この理解ではうまく飲み込めません。
こういう疑問が浮かんでしまう原因は、「質量」と「重さ」という概念を同一視してしまっている人が多いためでしょう。
そのため、質量を生む素粒子って重力子じゃないの? と思ってしまう人もいるかもしれません。
この問題を理解するためには、まず「質量」と「重さ」が異なる性質であることを理解する必要があります。
「質量」は「重さ」じゃない!
学生時代に物理の授業で「質量と重さは違います」と説明された記憶があると思います。
ただ、ほとんどの場合、質量と重さは混同して使われるため、その違いを意識する機会はほとんどないでしょう。
その理由は地球上では、この2つは特に分けて考えなくても問題がないためです。
そこでちょっと場所を変えて考えてみましょう。
例えば、月面では重力が地球の6分の1しかありません。
そのため体重60kgの人が、月へ行けば体重は10kgになってしまいます。
ではこのとき、その人の質量(物質の量)は減っているでしょうか? この人は50kgの減量に成功したと言えるでしょうか?
当然そんなことはありません。
つまり月へ行くと重さは減るけれど、質量は変わっていないのです。
けれどまだちょっと釈然としない人がいるかもしれません。
なのでもう少し詳しく質量と重さの定義について考えてみましょう。
重力の弱い月へ行くと減ってしまうということから、「重さ」とはある物質が重力に引かれる強さを表す値だと言うことができます。
では質量はなんなのでしょうか? 物質の量という表現の仕方もできますが、ヒッグス粒子の作用も含めて考えた場合、「質量」が表現しているのは、その物質の空間からの動かしにくさと言えます。
無重力の宇宙空間では重さはゼロになりますが、例えば宇宙飛行士が巨大な宇宙ステーション(ISS)を地球方向に蹴飛ばしたらどうなるでしょうか?
ISSは地球に落ちてしまうでしょうか?
もちろんそんなことは起こりません。ISSはその場から動かず、ISSを蹴飛ばした宇宙飛行士が蹴飛ばした力をそのまま反作用として宇宙空間へ放り出されてしまうだけです。
つまり重力とは関係なく、質量の大きいISSはその場から動かすことが非常に困難で、質量の小さい宇宙飛行士はちょっとの力で簡単にその場から動いてしまうのです。
これは地球上で、重い物体と軽い物体を落とした時、落ちる速度が変わらないという問題とも関わっています。
重い物体のほうが明らかに重力に強く引っ張られているはずなのに、軽い物体と落ちる速度が同じなのはなぜなのか? こういう疑問を抱いたことのある人は多いでしょう。
この疑問の答えは、重い物体の方が強い力で地面に引っ張られますが、同時に質量が大きいためその場からは動きにくいためです。一方、軽い物体は地面に引かれる強さは弱くても、質量が小さいために弱い力でも簡単に動いてしまいます。
重さによる重力の強さと、質量による動きにくさが釣り合って、地球上では重い物体でも軽い物体でも同じ速度で落ちることになるのです。
このように質量と、重さ(重力の作用)は無関係ではないものの異なる性質を示すものなのです。
だから、質量の起源であるヒッグス粒子は、重力の原因である重力子とはならないのです。
そうなるとさらなる疑問が浮かんできます。質量が大きい物質から発生する重力とは一体なんなのでしょうか?
重力を伝える重力子とは何なのか?
素粒子とは単純に物質の最も小さい構成要素と捉える人は多いでしょう。
しかし実は素粒子は物質の元になっているだけではありません。重力や電磁力など目には見えない力をこの世界に作り出す原因にもなっているのです。
素粒子には「物質の元になっている粒子」の他に「力を伝える作用を持つ粒子」があり、実は全然異なる2種類に分かれています。
原子核の陽子や中性子を作り上げているクォークなどの素粒子は、物質のもっとも小さい構成要素でフェルミオン(フェルミ粒子)と呼ばれています。
一方、電磁力などを伝える光子などは、力を伝達する粒子としてボソン(ボーズ粒子)と呼ばれています。
物理学では現在、強い核力、弱い核力、電磁力、重力という4つの力が定義されていて、これらは何にも触れずに力が作用しているように見えますが、実際にはボソンという素粒子が作用してそれぞれの力を伝えています。
そして4つの力を伝えるボソンのうち、唯一見つかっていないのが重力を伝える重力子です。
これは存在するのは間違いないと考えられていますが、検出はできていません。
さきほど、ヒッグス粒子は光と相互作用しないため、光子が質量ゼロという話をしましたが、光子は質量を持ちませんが、巨大な重力源ブラックホールには吸い込まれてしまいます。
重力レンズ効果というのは、質量の大きい物体の周りで光の動きが歪むことで生じる現象ですし、ブラックホールに極めて近い事象の地平面の内側へ入ってしまうと、光さえその重力から脱出することが不可能になります。
つまり光子はヒッグス粒子の影響は受けないものの、重力子からは確実に影響を受けていると考えられるのです。
こういう意味でもヒッグス粒子と重力子は異なるものです。
しかし、質量の大きいものから重力が生じているというのも事実です。
アインシュタインの相対性理論では、重力は空間の歪みとして記述されますが、これも量子論のボソンによって重力が伝達されるという考えた方をした場合、うまく整合性が取れなくなります。
そのため重力子という存在を発見し、その起源や伝達される原理を理解することは重要になってきます。
素粒子レベルでは重力はどのように生じているのでしょうか? そこに質量を生むヒッグス粒子はどのように関係しているのでしょうか?
まだまだ世界には多くの謎が残っています。
※この記事は2022年8月に掲載したものを再編集してお送りしています。