旧統一教会はなぜ日本に進出し、世界でも稀な規模に勢力拡大できたのか(現代ビジネス 2022.07.23)
宇山卓栄 著作家
安倍晋三元首相銃撃事件をきっかけに、旧統一教会への社会の関心が高まっている。しかし一般の若い世代では、1960年代以降にこの教団が起こした、その日本への浸透ぶりを示す霊感商法などの社会問題を知らない人も多いようだ。旧統一教会はどのようにして日本の権力中枢まで取り込み、多くの信者を獲得できたのか。新著『民族と文明で読み解く大アジア史』(講談社+α新書)の著者・宇山卓栄氏によると、その鍵は「反共」のスローガンと朝鮮民族固有の「用日」の思想であるという。
「反共」でありながら北朝鮮で金日成と会談
故郷を奪った北朝鮮に対する憎悪が統一教会(1954年設立。現・世界平和統一家庭連合)の創始者・文鮮明にあったと言われています。文鮮明は1920年、現在の北朝鮮の平安北道定州郡で生まれています。その憎悪が彼を反共主義に駆り立てたとされながら、1991年、韓国政府に内密に中国共産党と通じて北朝鮮を電撃訪朝し、当時の金日成主席と会談しています。
旧統一教会系企業が所有するアメリカの保守系新聞「ワシントン・タイムズ」創刊者の朴普煕などは、この文鮮明の訪朝によって第2次朝鮮戦争の危機が回避できたと書いています。朴普煕によると、文鮮明はアメリカの政権中枢部に、核兵器開発を進める北朝鮮が「核査察を受け入れる」などの重要なメッセージを伝える役割を果たしたとまで主張しています。帰国時の12月7日に文鮮明は「愛することができないものまでも愛する真の愛の精神で北朝鮮に行ってきました」などとする声明を発表していますが、しかし、本当に反共の政治信念を持つ者が、金日成の招きに応じて訪朝などするでしょうか。
韓国では朴正煕が1961年の軍事クーデターで国家再建最高会議議長に就任し、権力を握ります。文鮮明は朴に接近し、この時から教団は反共運動や反共姿勢を本格化させます。朴の権力掌握以前、従北勢力が韓国国内で跋扈していましたが、文鮮明や旧統一教会がそれらと明確に政治闘争をしたという形跡はありません。
旧統一教会が日本に進出しようと考えた理由について、諸説言われていますが、経済的動機も大きかったのでないかと考えられます。
1950年代から60年代にかけての韓国のGDPは、アフリカの途上国と同じレベルに過ぎませんでした。国外からの経済支援なくしては存続し得ないほどの国情では、どんなに盛んに布教活動を行ったとしても、獲得できる金銭はたかが知れていました。
日本なら韓国では稼げない莫大な財を集められる
韓国は1965年、日韓基本条約を締結し、日本から総額8億ドルの支援を受けます。韓国人は政治家でも財界人でも、親日か反日かは別として、皆一様に「用日」の立場を取ります。「用日」とは、日本から金銭や技術などの支援を引き出し、日本を利用することを意味します。朴の側近だった金鍾泌(キムジョンピル)は、「反日よりも用日、国民に日本をうまく利用することの得をわからせることが大切」ということを朴と話していたと言われます。
文鮮明は朴正熙の「用日」とまったく同様の考え方を持ち、日本に狙いを定めたと考えられます。文鮮明は1939年から1943年(19歳から23歳)まで日本に留学し、早稲田高等工学校に通っています。この時の日本で抗日独立運動に関わっていたとされます。
留学経験のある文鮮明は日本に精通していました。日本の信者から教団への寄付金を集めることができれば、それは韓国内では決して稼ぐことのできないほど莫大な財になります。
日本での布教にあたり、朴正熙への接近の際にも利用された反共理念が再利用されます。旧統一教会は1958年から日本で布教をはじめ、反共親米を掲げていた岸信介政権に接近しました。多くの在日韓国人もこうした動きに呼応していきます。
意外に思われるかもしれませんが、今日でも在日韓国人は反共保守で、自民党支持者が多いのです。彼らは日韓関係を重視することを前提に、自由主義陣営の盟主としてのアメリカを強く支持し、共産主義を敵対視するという思想構図が自ずと形成されており、旧統一教会が掲げる反共姿勢に共鳴したのです。
旧統一教会の反共理念は日本人保守層にも浸透していきます。当時の日本人で「勝ち組」とされていた勢力は、いわゆる敗戦利得者たちでした。彼らは戦前からアメリカに近く、アメリカにより政財界で枢要な地位に就けられていました。彼らが共産主義と戦う保守主義者として大きな力を持っていました。こうして反共親米路線を明確に掲げた旧統一教会は、日本人保守層(特に学生たち)を一気に取り込むことに成功します。
自由主義と共産主義のイデオロギー対立が社会変動の主要軸になっていたこの時代、旧統一教会は宗教的な布教だけでは自らの勢力拡大に限界があることを悟り、「政治的な布教」ともいうべき、新しい時代に即した布教方法を用い、日本でもその基盤を固めていったのです。日本の政権与党は、彼らの「政治的な布教」を歓迎しました。
資金援助で政治家や言論人を取り込む
旧統一教会は、1964年に日本で宗教法人の認証を受けます。1968年に「共産主義に勝つ」を名称に込めた「国際勝共連合」を設立し、「政治的な布教」の拠点とします。同時に、霊感商法まがいのことも行い、多くの社会問題を引き起こしていくことになります。
旧統一教会が日本進出を狙ったのは経済的動機が大きかったと述べました。現在、旧統一教会に集まる資金のおよそ5割から7割は日本からのものだと言われています。世界の中でも突出して多いのです。
信者からの寄付金集めによる資金獲得は日本だけでなく、その他の国々でも試みられました。フランス、ドイツ、スペイン、イタリアなどに支部を設立し、何よりもアメリカでの勢力拡大が最重視されます。日本よりも1年遅い1959年から、アメリカで布教をはじめています。
しかし、アメリカでの布教は当初、日本のようにはうまく進みませんでした。それでも地道に布教が続けられて、1970年代に入ると信者を多く獲得していきます。1972年には統一教会の総本部がアメリカに移されます。反共主義を掲げるニクソン政権に接近し、共和党保守派に資金援助をするなど、数多くの要人を自らに取り込んでいきます。
こうした構造は日本の政界もまったく同じです。資金援助のみならず、選挙となると多数の実働部隊を選挙事務所に派遣します。秘書という形で政治家の事務所に人員を派遣しているケースも散見されます。
旧統一教会に取り込まれているのは政治家だけではありません。多くの日本の保守を名乗る言論人が勝共連合の機関紙である新聞や月刊誌に寄稿したり、講演会に登壇したりするなど、少なからず教団との関係を持っています。日本でもアメリカでも、旧統一教会は反共というスローガンを自らの勢力拡大のために最大限利用してきたと言っても過言ではありません。旧統一教会は日本の保守主義のあり方を映す存在です。
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宇山卓栄 TAKUEI UYAMA 著作家
1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。代々木ゼミナール世界史科講師を務め、著作家。テレビ、ラジオ、 雑誌、ネットなど各メディアで、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説。近著に 『朝鮮属国史—中国が支配した2000年』、『韓国暴政史—「文在寅」現象を生む民族と社会』(以上、扶桑社新書)、『民族で読み解く世界史』、『王室で読み解く世界史』(以上、日本実業出版社)、『世界史で読み解く天皇ブランド』(悟空出版)、その他著書多数
『民族と文明で読み解く大アジア史』
国際情勢を深層から動かしてきた民族と文明、その歴史からどんな未来が見える? 中国とインドの台頭で、アジアの歴史や文化に関する知識は今や必須の教養となった。しかし教科書的な中国中心の見方では、アジア史のダイナミズムを理解できない。考古学や遺伝学を含む学術研究の進歩も、こうした史観に対して再考を求めている。中国、ロシア、北朝鮮の歴史的な狙いは何か? 価値観の衝突が絶えないアジアで、世界史のベストセラー著者が、日本の進路を探る!日本人の源流、中国の歴史的野心、中国・韓国の歴史論争、中国・インドの文明闘争、ギリシアの東方遠征など、さまざまな視点から「大アジア」の歴史と文明を描き出す。「民族」と「文明」でアジア史を読み解くことで、これからも問題となり続ける日中、日韓、中韓、中台の複雑な関係の深層がクリアに見えてくる。
定価1320円(税込)