「睡眠は1.5時間周期が良い」と信じているのは日本人だけ… “本当に生産性の上がる睡眠時間”とは?

目覚まし時計と起床 社会

「睡眠は1.5時間周期が良い」と信じているのは日本人だけ… “本当に生産性の上がる睡眠時間”とは《カリフォルニア大学の日本人准教授が解説》 (津川友介 文春オンライン 2022/02/02)

十分な睡眠時間を確保した方が日中のパフォーマンスが上がるとわかってはいても、実践するのはなかなか難しい。「睡眠のサイクルは1.5時間周期なので、1.5時間の倍数分の睡眠時間を取ると目覚めがいい」という俗説もあるが、本当に適切な睡眠時間とは一体どのくらいなのであろうか。

ここでは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の准教授である津川友介が、研究データを基に健康に生きるためのルールについて書いた『HEALTH RULES (ヘルス・ルールズ) 病気のリスクを劇的に下げる健康習慣』(集英社)の一部を抜粋。睡眠不足がもたらす悪影響と、誤解されがちな睡眠時間の基準について紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

心筋梗塞や動脈硬化のリスクが上昇

慢性的な睡眠不足は、健康に様々な悪影響を及ぼすことが知られている。例えば、約50万人の年齢40~69歳の成人を7年間追跡した英国の研究(*1)では、睡眠時間が6時間未満の人は、それ以上の人と比べて、心筋梗塞になるリスクが20%も高いことが明らかになった。睡眠時間が1時間延びるごとに、心筋梗塞のリスクが約20%低下することも分かった。

また、スペインで約4000人を対象として行われた研究(*2)では、睡眠時間が6時間未満の人は動脈硬化が進んでいることが明らかになっている。睡眠時間が短くなると、血液中の炎症性物質が増えると言われており、これが原因だと考えられている。

睡眠不足はあなたを殺す

その他、睡眠時間が短いことは、不整脈や免疫機能を低下させるだけでなく、死亡率増加にもつながると報告されている。(*3・4・5)

それだけではない。睡眠不足はダイエットの大敵でもある。読者の皆さんの中にも、夜更かししたときにとてもお腹が空いたり、ラーメンやスナック菓子のようなカロリーが高いものや炭水化物を食べたくなったりした経験がある人もいるだろう。実は、これに関してもエビデンスがあるのである。

複数の研究 (*6・7)により、睡眠時間が短い人ほど肥満のリスクが高いと報告されている。12名の健康で標準体重の男性の被験者を、食事のカロリーや運動量をコントロールされた環境下で、短時間(4時間)睡眠と長時間(10時間)睡眠に無作為に割り付けた実験(*8)がある。その結果、睡眠不足によって食欲を増す効果があるグレリンというホルモンの分泌が促進され、食欲を抑制する効果があるレプチンというホルモンの分泌は逆に減ることが明らかになった。また、睡眠不足は脳の食欲をコントロールする部分の活動を低下させ、それによって特にカロリーが高く、炭水化物の割合の高い食事を欲するようになることも別の研究(*9)から分かっている。

自覚できない生産性低下

睡眠不足は健康に悪影響をもたらすだけでなく、仕事の生産性も下げる。

48名の被験者を、無作為に異なる睡眠パターンに割り付けて、頭の働きを評価した研究(*10)がある。この研究において被験者はそれぞれ、4時間、6時間、8時間睡眠を14日間続ける3つのグループ、そして3日間徹夜という合計4つのグループに割り付けられ、PVT(精神動態覚醒水準課題)テストと呼ばれる覚醒水準や作業能力を評価するテストを受けさせられた。その結果、睡眠時間が短いほどミスが多いということが分かった(下図参照)。

くじ引きやコインを投げてその結果によって、介入(薬など)を受けるグループと受けないグループの2つに割り付けるRCTのこと。RCTでは2つのグループの唯一の違いは介入を受けたかどうかであるため、介入の因果効果を正しく評価できる。一方で、このような実験を行わずに、集団を外から観察して、その中で介入を受けていたグループと、受けていなかったグループを比較する研究手法があり、「観察研究」と呼ばれる。この場合、2つのグループは色々な点で異なるため、本当に介入の影響を見ているのか、その他の要因の影響を見ているだけなのか見分けることが難しい。年齢や性別などデータに含まれる要因に関しては、統計的な手法を用いることで影響を取り除いて比較することができるのだが、「健康意識」などデータに含まれない要因の影響は統計的に取り除くことができないため、観察研究から得られた結果は、RCTから得られた結果よりも信頼性が低いとされている。

睡眠時間と作業効率および眠気の関係 出典:Van Dongen HPA. 2003を参考に筆者作成

さらに興味深いことに、自覚している眠気の強さとミスの頻度は比例していなかった。図1Bを見てほしい。3日間徹夜の人のグループを除いて、睡眠時間の長短にかかわらず、4~5日すると眠気はそれ以上強くならなかったのである。さらに、眠気の強さに関しては、6時間睡眠でも4時間睡眠でも大差なかった。つまり、自分が眠気を自覚しているかどうかは関係なく、睡眠不足は気づかぬうちに私たちの生産性を落としているのである。

睡眠不足による経済的損失も大きい。アメリカを代表するシンクタンクであるランド研究所が2016年に出版したレポートによると、睡眠不足による生産性の低下によって、日本では毎年60万日分の労働日数が失われており、これによる経済損失は実に約15兆円(GDPの3%)に上ると試算(*11)されている。

1.5時間周期のウソ

それではどれくらい睡眠時間を確保できれば十分なのだろうか? 日本では1.5時間周期で眠ると良いと言われており、そのため「6時間」がきりのよい数字と思っている人が多い。つまり、睡眠時間を6時間確保できるとよく眠れたと考え、それ未満だと少し眠り足りないと考えている人が多いようである。しかしこの「睡眠時間6時間神話」は実は間違いなのである。ちなみに私の周りのアメリカ人でこの1.5時間周期の話をする人はいないので、これは日本独自の「神話」であるようだ。

睡眠時間は1.5時間の周期が良いという考え方は、レム睡眠(脳が活発に動いている睡眠のこと。レム睡眠中は眼球がピクピクと活発に動いているためREM〈Rapid Eye Movement〉睡眠と呼ばれる)とノンレム睡眠(眼球は活発に動いていない、脳が休息している深い睡眠のこと)が90分周期で訪れるため、そのタイミングで起きると目覚めが良いという理屈から来ているようである。しかしながら、これはあくまで平均値が90分というだけであり、実際にはレム睡眠とノンレム睡眠の周期にはかなり個人差があるということが知られている。さらに言うと、複数の研究の結果から、6時間では睡眠時間が足りないことが明らかになっている。

アメリカの国立睡眠財団(National Sleep Foundation)によると、18~64歳の人では7~9時間、65歳以上の人では7~8時間の睡眠時間が必要であるとされている。これは、それ未満の睡眠時間では、健康に様々な悪影響があるというエビデンスを基にしている。つまり、 健康を維持するためには少なくとも7時間の睡眠時間が必要だということである。

下の図からも分かるように、10代や子どもでは7時間睡眠でもまだ睡眠時間が足りていない状態である。

年齢ごとの推奨される睡眠時間 出典:National Sleep Foundation 注:米国睡眠医学会(American Academy of Sleep Medicine〈AASM〉)の推奨内容はこれと同一ではないものの、かなり近いものとなっている。

6~13歳であれば9~11時間、14~17歳であれば8~10時間の睡眠時間が必要とされている。若者がいつも眠そうにしているのは決して怠惰なわけではなく、生物学的に大人よりも長時間の睡眠時間を必要としているからなのである。このエビデンスを考慮して、学校の始業時間を遅らせようという動きが色々なところで始まっている。実際にアメリカのワシントン州シアトルで行われた研究(*12)では、高校の始業時間を約1時間遅らせることで、生徒の睡眠時間が34分増え、成績が平均で4.5%向上した。

それでは日本人の睡眠時間は足りているのだろうか? 下の図を見てほしい。これは縦軸に平均睡眠時間、横軸に所得水準(人口1人あたりのGDP)を示した図である。

各国の睡眠時間と所得水準(人口1人あたりのGDP)との関係 出典:The Economist 1843 1人あたりのGDP(1000ドル)

これを見れば、日本が世界でも最も睡眠時間が短い国の1つであることが分かる。日本人が6時間ちょっとしか眠っていないのは、前述の「睡眠時間6時間神話」が関係しているのかもしれない。

眠るだけで得られる最大のメリット

これら睡眠に関する研究から分かっていることは、以下の3つのポイントにまとめることができる。

まず1つ目は、睡眠不足は万病の元であるということである。慢性的な睡眠不足は、心筋梗塞や死亡のリスクを上げるだけでなく、肥満も促進することが報告されている。健康で長生きしたいと思うのであれば、十分な睡眠時間を確保することは必要不可欠である。

2つ目は、睡眠不足は脳のパフォーマンスに悪影響をもたらすということである。つまり、仕事の生産性を上げたいのならば、十分な睡眠をとる必要があるということだ。例えば1時間早く帰宅して、1時間早くベッドに入ったとしても、その分勤務時間中のパフォーマンスが上がれば、最終的な仕事のアウトプットは上がっている可能性がある。ビジネスパーソンであれば、睡眠時間を確保することはもはや仕事の一部であると言っても過言ではないだろう。

3つ目は、私たちが健康を維持して、仕事でパフォーマンスを発揮するためには7時間以上の睡眠時間が必要ということである。巷で信じられている「睡眠時間6時間神話」は間違いで、6時間睡眠ではまだまだ睡眠不足の状態なのである。睡眠は量と質の両方が重要であるが、睡眠の質で量を補うことはできないとされている。睡眠の質を考えるのは、まず7時間の睡眠時間を確保してからの話である。レム睡眠とノンレム睡眠の周期は個人差が大きく、1.5時間周期の睡眠時間としても、必ずしもすっきりと起きられるわけではない。十分な睡眠時間を確保すれば、明け方にかけてレム睡眠は増え、ノンレム睡眠は減るので、自然とレム睡眠からすっきりと目覚める確率は高くなる。つまり、目覚めのすっきりしない感じは、タイミングの問題ではなく、シンプルに睡眠時間を延ばすことで解決する問題なのだ。

少子高齢化により日本は今後ますます生産年齢人口が少なくなっていくため、仕事の生産性を高める必要性があるということが色々なところで叫ばれている。そのためには、従業員の労働時間を長くすることよりも、毎晩早めの時間に帰宅してもらい、少なくとも7時間の睡眠時間を確保してもらう方が良いだろう。この方法は、生産性を高めることができるだけでなく、仕事に対する満足度を高め、感情を安定させ過労による抑うつなどの精神的問題のリスクも下げ、長生きもしてもらえる(「健康経営」につながる)、まさに「四方よし」の働き方改革なのである。

【脚注】

*1 Daghlas I et al. Sleep Duration and Myocardial Infarction. J Am Coll Cardiol. 2019;74(10):1304-1314.

*2 Domínguez F et al. Association of Sleep Duration and Quality With Subclinical Atherosclerosis. J Am Coll Cardiol. 2019;73(2):134-144.

*3 Genuardi MV et al. Association of Short Sleep Duration and Atrial Fibrillation. Chest. 2019;156(3):544-552.

*4 Besedovsky L et al. Sleep and immune function. Pfl ugers Arch. 2012;463(1):121-137.

*5 Kurina LM et al. Sleep duration and all-cause mortality: a critical review of measurement and associations. Ann Epidemiol. 2013;23(6):361-370.

*6 Patel SR & Hu FB. Short sleep duration and weight gain: a systematic review. Obesity(Silver Spring). 2008;16(3):643-653.

*7 Cappuccio FP et al. Meta-analysis of short sleep duration and obesity in children and adults. Sleep. 2008;31(5):619-626.

*8 Spiegel K et al. Brief communication: Sleep curtailment in healthy young men is associated with decreased leptin levels, elevated ghrelin levels, and increased hunger and appetite. Ann Intern Med. 2004;141(11):846-850.

*9 Greer SM et al. The impact of sleep deprivation on food desire in the human brain. Nat Commun. 2013;4:2259.

*10 Van Dongen HPA et al. The cumulative cost of additional wakefulness: dose-response effects on neurobehavioral functions and sleep physiology from chronic sleep restriction and total sleep deprivation. Sleep. 2003;26(2):117-126.

*11 Hafner M et al. Why Sleep Matters ̶ The Economic Costs of Insuffi cient Sleep: A Cross-Country Comparative Analysis.Rand Health Q. 2017;6(4):11.

*12 Dunster GP et al. Sleepmore in Seattle: Later school start times are associated with more sleep and better performance in high school students. Sci Adv. 2018;4(12):eaau6200.