パンデミック時代 資本主義に代わる未来は 経済思想家・斎藤幸平さん×環境経済学者・宮本憲一さん対談(神戸新聞 2022/1/1 05:30)
収束が見通せないパンデミック(世界的大流行)、迫りくる気候崩壊…。現代社会を揺るがす問題の根底にあるのが、際限ない成長を求める現代資本主義の矛盾だ。制御できるのか、どう乗り越え、どんな未来社会を描くのか。マルクス研究を軸に脱成長を唱えたベストセラー「人新世の『資本論』」で脚光を浴びた斎藤幸平さん(34)、公害問題を研究し、社会資本・都市・国家・環境の「共同社会的条件」の政治経済学を確立した宮本憲一さん(91)。新進気鋭とベテランの経済学者が未来への道筋を話し合った。(聞き手・加藤正文)
■迫りくる危機
-岸田文雄首相は「新しい資本主義」を提唱し、経済界もSDGs(持続可能な開発目標)や、環境分野の公共投資で新産業を育てるグリーン・ニューディールなどを推進している。
宮本 これまで資本主義の危機は戦争と恐慌の際に起きた。1929年の大恐慌時は福祉国家への転換で、70年代の石油ショック時は市場重視の新自由主義路線で乗り切りを図った。今回は全く様相が異なり、きっかけは地球環境問題だ。パンデミックも大きな目でみればそこに原因がある。
待ったなしの課題に対して現代資本主義はどう変わるのか。流れは二つ。一つはグリーン・ニューディールや、ダボス会議で提唱された株式資本主義ではない公益資本主義への転換で乗り切る方策。もう一つは体制変革で成長を超えた新しい社会主義といった道の模索だ。いずれにせよ人類史で大きな意味を持つ歴史的な局面に来ている。
斎藤 同感だ。直面する環境問題で一番難しいのは取り返せない絶対的な損失が膨らんでいく事態に突入していることだ。気候変動問題はここ数十年間のうちに、何百年間も経済活動を支えてきた化石燃料を実質的に全撤廃しないといけないような状況に差し掛かっている。化石燃料は資本主義の本質に関わるあらゆる部門の根幹だ。グリーン・ニューディールでは全く不十分であり、SDGsは今まで通りの生活を続ける免罪符でしかない。体制変革こそが最終的にこの環境問題に対処するために必要になる。
宮本 石炭火力と原発の両方を維持し科学技術の新展開で成長を維持しようという政府の路線では斎藤さんが主張されるように問題解決にはならない。重要な点は株式会社をどうするか。資本を社会化した株式会社という制度が投資や技術革新を可能にして経済発展を支えてきた。従来の株主中心主義からESG(環境・社会・企業統治)やSDGsなど公益重視の方に転換できるだろうか。日本では政治経済社会学術の全般が低迷し、転換自体が正しく認識できていないように思える。
■マルクスの現代的意義
-マルクスがブームだ。制御の利かない現実を前に資本主義に委ねていて大丈夫かという疑問が背景にある。
斎藤 未完の草稿を掘り起こすとマルクス主義者も批判者も見逃してきたエコロジーの思想があることに気付いた。読み解けば現代の環境問題を論じるのに役立つ。もちろんマルクスが予想していない規模で問題は起きているのだが。宮本先生の思想から示唆を受けたのは素材から体制へと分析する手法だ。都留重人先生(元一橋大学長)の研究とも重なる。これはマルクスの方法論の根幹だ。
宮本 高度成長期の1967年、「社会資本論」を書く時に導入した。道路や上下水道など社会資本といわれているものが人間社会の発生時から共同体の必須の物的基礎だった。従来の経済学のように体制からではなく、素材から入り、それが資本主義体制になったときどんな施設が必要になるか、その性格、経済循環における役割、社会への影響という構成で展開した。
環境問題はマルクス経済学だけで解けるものではない。分析の道具として制度派経済学などさまざまな理論を使った。経済学は人間の行動を扱う以上、芸術のようなもので完璧な体系ではない。だからこそ歴史を踏まえて現実に学ばなければならない。マルクス自身、社会主義について体系的なきちんとしたものを書いていないが、資本主義批判や未来社会への思想は生きている。これからは旧ソ連や中国の社会主義の失敗を超えた、新しい体制への模索が求められる。
地球環境の危機は経済学の革新を求めている。政策論を打ち出す際、現場に行き、データを集める。被害者、加害者、行政に会う。若い斎藤さんには積極的に現場で事実を見てほしい。
■主体をどうつくるか
-公害先進国だった日本では高度成長期、市民が声を上げ、環境を改善しようとした動きがあった。気候危機に際してそうしたうねりは起きるのか。
斎藤 世界ではシステムチェンジの機運が高まっている。環境活動家グレタ・トゥンベリさんらは資本主義そのものを変えようとする主張だ。私はそこに脱成長コミュニズムの萌芽を見る。ドイツではチェルノブイリ事故に始まった反原発運動がフクシマ事故をきっかけに力となり、政府を動かした。それが石炭火力廃止の流れになっている。日本のかつての公害反対運動は革新自治体と結びつき、民主主義や平等、人権を求める動きに広がった。そうした運動は一体、どこへいったのか。
宮本 全くなくなったわけではない。革新自治体が終わる時代、1979年に日本環境会議を創設した。研究者や実務家、弁護士、市民運動や住民運動のリーダーらで活動してきた。当時の公害反対運動から派生した運動はたくさんある。ただ昔は一つにまとまっていたのだが、今は総合できていない印象だ。環境運動で成功すると思うのは自然エネルギーに関する分権型の運動だろう。長野県飯田市などで盛んだ。こうした市民の力が育たないとエネルギー削減計画は失敗に終わるだろう。運動を横につないでほしいし、各分野で若い人の力がもっと必要だ。
斎藤 コロナが世界規模で現代社会を混乱に陥れた。負の側面は数多いが、一方で今まで語れなかった資本主義の変革が現実のものとして感じられるようになった。問題は昔のような社会主義にすれば解決できるものではない。実際、旧ソ連でも公害が起きていた。重要なのはコモン(共有)の視点をどこまで強く打ち出せるか。
宮本 平和や絶対的貧困の克服、差別の撤廃、地球環境の保全。戦後、経験として確実にやってきたことを土台にどういう未来社会をつくるか。次の体制を目指すにしても相当いろんな訓練が必要になる。市場を超えた共同社会、これを「新しい社会主義」と呼ぶのならどういう協議体や経済がいるか。国と自治体、司法制度、株式会社ではない企業組織、分権型の福祉社会…。何より若い世代が足元から前へ向かって学習と行動を始めてほしい。
◇ ◇ ◇
斎藤幸平(さいとう・こうへい)
経済思想家。大阪市立大准教授。1987年東京生まれ。独フンボルト大哲学科博士課程修了。マルクス研究の最高峰「ドイッチャー記念賞」を日本人初、史上最年少で受賞。著書に「大洪水の前に」「人新世の『資本論』」など。大阪市在住。
【マルクスと環境問題】
斎藤幸平さんはマルクスの晩年の草稿を精査し、思索のテーマが資本と環境の関係に及んでいたことを解明。経済学批判がエコロジーで完結することを明らかにした。再評価の鍵となる概念が「コモン」(共有の意)だ。生産手段の共有や地域内の資源循環、定常型経済、社会的平等など。資本主義によって解体されたコモンズの再生と管理-というメッセージだ。
宮本憲一(みやもと・けんいち)
環境経済学の第一人者。大阪市立大名誉教授、元滋賀大学長。1930年台北生まれ。名古屋大卒。「社会資本論」「都市経済論」など著書多数。2016年、「戦後日本公害史論」で日本学士院賞。京都市在住。
【共同社会的条件の政治経済学】
社会資本・都市・国家・環境について従来の経済学は外部性として経済現象-市場過程の外部に置いていた。この共同社会的条件は経済を維持しているにもかかわらず資本主義経済はこの条件を無視したり破壊したりすることで数々の問題を引き起こし、結果、危機に陥る。宮本憲一さんが解明した。「容器の経済学」と呼ばれる。