回転力はどこから?光の力でだけ動く不思議な歯車が開発される(ナゾロジー 2024.11.08 Friday)
中に小さなマウスが入っているわけではありません。スウェーデンのヨーテボリ大学(GU)は光をあてると回転する微小な歯車を開発。この装置は歯車自体が回転するため、モーターのような動力部は必要ありません。研究者たちはこの歯車の仕組みを使うことで、限界を超えた機械の小型化が実現できると述べています。しかし、いったいどんな仕組みが光を回転力に変えているのでしょうか?
研究内容の詳細は2024年9月25日にプレプリントサーバーである『arXiv』にて公開されました。
Microscopic Geared Mechanisms
https://doi.org/10.48550/arXiv.2409.17284
ライター:川勝康弘(Yasuhiro Kawakatsu)
ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者:ナゾロジー 編集部(Nazology Editor)
光の力で回転する歯車
歯車はあらゆる機械の中核的な部品です。
その起源は古く、最古の歯車は紀元前150~100年に制作された「アンティキティラ島の機械」と呼ばれる天体の動きを調べる計算機の一部だったと言われています。
現代においても歯車はあらゆる機械に使用されており、ミニ四駆や時計などでも、モーターやゼンマイの力をタイヤや針に伝達するための手段として、歯車が中心的な役割を果たしています。
人類の暮らしを大きく変えた産業革命が成し遂げられたのも、歯車の仕組みがあったからだと言えるでしょう。
しかし機械の小型化が進みマイクロメートルからナノメートルに達すると、限界がみえてきました。
微小な機械に組み込まれた歯車を動かすには、マイクロモーターのような極めて小型化された動力も必要です。
歯車の小型化は比較的簡単ですが、複数の部品を必要とする「モーター」をマイクロサイズにするのは非常に困難だったからです。
また既存の歯車を使った仕組みでは、動力を始点(最初の歯車)から終点(最後の歯車)へ伝達させることは得意でも、間に存在する個々の歯車を独立的に動かすのは困難でした。
この限界を突破するには、歯車とモーターの役割を一体化させ、エネルギーを注入された歯車自体が回転力を生み出せるような仕組みが不可欠です。
「そんなのは無理だ」と思われるかもしれませんが、そうでもありません。
たとえば歯車の形を工夫して風車のように外部からのエネルギーを直接回転力に変換する仕組みを作れば、始点となる歯車自身が回転力を発揮することが可能です。
(※風力発電では向かってくる風を、風車を使って横方向の回転力に変換しています)
ただマイクロサイズの世界では、風力はあまりアテにできません。
風力は方向のコントロールが難しく、すぐに分散してしまうからです。
そこで今回、ヨーテボリ大学の研究者たちは「風の代りに光を受けて回転する歯車」を作ることにしました。
メカニズム:風の代りに光を受けて回転する歯車
このアイディアを実現するため研究者たちはまず、風車の羽にあたる部分を作りました。
風車の場合、正面からくる風を羽が特定の方向に偏向させて受け流すことで、回転力に変換します。
一方で光を受けて回転する歯車の場合は、正面からくる光を特定の方向に変化させる仕組みを備えていました。
実験では、この傾きを生み出すために特殊なシリコン(アモルファスシリコン)が使用されました。
たとえば上の図では、上から降り注ぐ光がアモルファスシリコンによって偏向して右方向へ排出される様子が描かれています。
このときアモルファスシリコン部分では反作用によって左側に押されることになります。
光は質量を持ちませんが、エネルギーと運動量をもつために、物体に対して押す力を発揮できるのです。
風車の羽の場合は風の方向を傾かせることで力を得ますが、この歯車の場合は光の方向傾かせることで力をうみだすと言えるでしょう。
実験では歯車の表面を4等分し、それぞれの区画に光を一定方向に偏向させるガラスが配置されました。
白い矢印は各羽部分が光を受けて押される方向(反作用の方向)を示しています。
準備が整うと、研究者たちは歯車に対して上から光を浴びせます。
(※歯車部分の大きさは直径8~16μmとなっています)
すると予想通り、光を受けた歯車は左方向に回転することが明らかになりました。
また光を受ける歯車に対して別の歯車を組合わせたところ、最大で6つの歯車を連結させて動きを伝達できることが示されました。
この結果は、光の力を使うことで歯車自体を駆動させられることを示しています。
ですが今回の研究はこれで終わりではありません。
研究者たちは光を調節することで歯車の回転方向を自由自在に操る方法も開発したのです。
光の回転で歯車を制御する
一般的な風車に当たる風は自然現象であるため、基本的には制御することはできません。
これは風車の役割が風の力から電力を取り出すことを主眼に置いているためです。
しかしマイクロ歯車の場合は逆に、光を浴びせて歯車を回すことに主眼を置いています。
また風車と違い、微小な歯車に当てる光は人間によるコントロールが可能です。
そこで研究者たちは、当てる光の性質を変化させることで、歯車の回転を制御できると考えました。
光には、上の図のように、単純な上下の波として振動しているものの他に、振動する山のピーク部分が時間経過と共に右回り、あるいは左回りになっているものも存在します。
このような光の波の回転が起こる状態を「偏光」が起きていると言い、特に回転が起きている状態を「円偏光」と言います。
通常の光が波のように見えるとすれば、円偏光を起こしている光はスクリュー状になっていると言えます。
風で例えるならば、右回り(あるいは左回り)に回転しながらやってくる風と言えるかもしれません。
風車であれば、このような特定の回転方向を持つ風が当たった場合、羽の向きによって回転を加速させることが可能になります。
たとえば左向きに回転しやすい羽をもつ風車に、左向きに回転する風が当たった場合には回転を加速させ、逆に右向きに回転する風をあてた場合に減速させることができます。
前半の歯車が真っすぐに来る光の運動方向を逸らして(偏向させて)動力とすれば、ここは光の偏光状態を利用して動力にしていると言えます。
(※偏向は光の運動方向を変えること、偏光は光の角運動量を変えることと解釈できます)
新たな研究では、この仕組みを円偏光を用いて再現することに成功しました。
上の図では回転方向が中立な光では歯車が回転しないものの、右回りの光を浴びせられると右側に回転し、左回りの光を浴びせると左側に回転する歯車が示されています。
既存のモーターを使った回転制御では、電流を流す方向を変えたり、モーター自体を別のものに変えるなどの操作が必要となりますが、新たな光駆動の歯車は、浴びせる光の種類を変えるだけで回転方向を自由に変えられるのです。
しかも動力を伝達するのにシャフトなどの物理的な接触も必要ありません。
このような物理的接触に依存せず回転できる仕組みは、より小型の機械を駆動させるのに大いに役立つでしょう。
また研究では、歯車の回転を直線運動に変換する機械についても実証実験を行い、予想通りに機能することも示されました。
研究者たちは、この技術を使えば、直径10μm以下のモーターを作ることも可能になるだろうと述べています。