福島第一原発の処理水 海洋放出は福島県民の復興努力に止めを刺す行為

福島第1原発処理水タンク 科学・技術

東京電力・福島第一原発の汚染水を処理した後、放射性物質トリチウムが残留する水をどう処分するのか。政府は海洋放出する方針だが、それは被災地・福島県民の復興努力に止めを刺す行為だ。

福島原発の処理水、政府は海洋放出の意向 地元関係者の反対で延期

福島第1原発では、溶け落ちた核燃料を冷やす水と地下水が原子炉建屋で混ざり、汚染水が毎日増え続けている。東京電力は汚染水を多核種除去設備(ALPS)で処理してタンクに保管しており、2022年秋ごろに満杯になる見通しを示している。

しかし、水素の一種であるトリチウムは汚染水の中で水分子の一部となって存在するため、水中にイオンの形で溶けているセシウムやストロンチウムといった他の放射性物質はとは異なり、ALPSで化学的な方法により分離し除去することが出来ない。

政府は、処理水がタンクに満杯になる前に、海に流して処分する方向で進めている。

昨年の10月にも廃炉・汚染水対策の関係閣僚会議を開いて海洋放出を決定する方針だった。しかし、地元の農林水産などの関係団体と調整がつかず、先送りされることになった。

トリチウムの安全性については、学者の中で意見が分かれる

トリチウムは弱い放射線(ベータ線)を出す。安全を主張する人は、トリチウムは自然界にも存在し、人体への影響は軽微だ。稼働中の原発からはトリチウムが放出されており、他国でも海洋に放出している、と説明する。政府もこの見解だ。

他方、危険を指摘する側は、外部被爆の危険性は少ないが、体内に取り込まれた場合は遺伝子を傷つけ続ける恐れがあり、また、体内で有機結合型トリチウムに変化すると体内にとどまる期間が長くなる、と主張する。

また、トリチウムの排出量が多い原発周辺では、白血病の発症や新生児の死亡率が高いとの研究論文もある。

驚いたことは、東京電力は、トリチウム以外の放射性物質はALPSで除去できると説明し、残留物の危険性を敢えて説明して来なかった。

しかし、実際は、7割のタンクに基準値を超えるストロンチウム90やヨウ素129などの放射性物質が残留している。2018年8月、「トリチウム水をどうするか」の公聴会の直前に、フリーランスライターが指摘して広く知られるようになった。

深刻な風評被害、地元の復興努力を踏みにじる行為

例え福島県産の魚介類や農産物の安全が確認されても、原発処理水が福島県沖に放出されたとなると、心無い風評が広がる恐れがある。隣県の宮城県や茨城県も風評被害の当事者となる。

そして、それは国内に止まらず、海外からも起こる。

処理水の海洋放出は、被災地の涙ぐましい10年間の努力がやっと実り、ようやく立ち直りを見せつつある福島の漁業と農業に、再び大打撃を与える。被災地に寄り添うどころか、止めを刺す行為だ。

世界の目は厳しい。地球を汚染するな !!

現在、地球環境問題は世界的な課題になっている。温暖化問題だけでなく、大気や海洋に対しても汚染することは許されない。

日本も批准している「国連海洋法条約」には、第192条に、

いずれの国も、海洋環境を保護し及び保全する義務を有する。

とあり、第194条に、

いずれの国も、あらゆる発生源からの海洋環境の汚染を防止し、軽減し及び規制するため、利用することができる実行可能な最善の手段を用い、かつ、自国の能力に応じ、単独で又は適当なときは共同して、この条約に適合するすべての必要な措置をとるものとし、また、この点に関して政策を調和させるよう努力する。

とある。

地球に生きる人類は、海洋環境の汚染を防止するため、実行可能な最善の手段と必要な措置を講じなければならない。

別の方法を十分に検討したのか

処理水貯蔵タンクが満杯になるという理由で、安易な海洋放出が許されるのか。福島県民の努力、人体への健康被害、地球環境問題などの観点から、慎重にかつ最善の判断をしなければならない。

他の方法として、広い敷地を確保して大型タンクを建設する。そこに処理水を長期間保管してトリチウムの放射線量が低減するのを待つという選択肢もある。

この案は、東京電力がALPS小委員会の場で、一方的に否定的な説明を行っただけだ。

トリチウムの半減期は12.3年だから、数10年間、安全に管理すれば、ほとんど無害化できる。原発の使用済み核燃料は数10万年以上も長い期間、安全に管理しなければならないことを考えると長くはない。

しかもその間に、トリチウム水を効率的に分離する技術が開発される可能性もある。

トリチウム水の分離可能に。近大などが装置を開発
モジュール型トリチウム分離システム(MDS®)