<社説>国の指示権拡大/地方自治をゆがめる懸念…神戸新聞

地方自治法改正案について、参考人質疑を行った衆院総務委=21日午前、国会 政治・経済

<社説>国の指示権拡大/地方自治をゆがめる懸念(神戸新聞 2024/5/22 06:00)

大規模な感染症や災害などが起きたとき、自治体に対する国の指示権を拡大する地方自治法改正案が、衆院で審議入りした。国は指示が必要となる事態を具体的に示しておらず、乱用されれば国と自治体の対等な関係をゆがめ、地方分権に逆行するおそれがある。強い懸念を抱かざるを得ない。

現行で国が指示権を行使できるのは、災害対策基本法や感染症法など個別法で緊急性を規定している場合に限られている。違法な事務処理をした自治体には地方自治法に基づき是正を指示できる。

改正案は首相の諮問機関、地方制度調査会の答申を受けて作られた。

大規模災害や感染症のまん延など「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」が発生した際、個別法に規定がなくても国民の生命保護のために必要な対策を、国が自治体に指示できるようにする。自治体は従う法的義務を負う。非常事態に限る特例とはいえ、地方の自主性を定めた地方自治法の趣旨を損ないかねない。

看過できないのは、指示権を行使する要件が曖昧なことだ。国会で松本剛明総務相は「現時点で具体的に想定しうるものはない」と答弁した。拡大解釈による安易な行使が懸念され、安全保障上の有事が想定される場合に国の統制を強める狙いもうかがえる。想定外の事態が発生したときこそ、国と自治体が「対等・協力」の立場で連携しなければならないのではないか。

実際、新型コロナウイルス禍では、安倍晋三首相(当時)が唐突に発表した全国一斉休校要請や、度重なる「緊急事態宣言」を巡り、自治体業務や市民生活は大混乱した。

大規模災害など自治体だけで対応が難しいケースはあるが、まず今回のコロナ対応の功罪を検証した上で、非常時における国との役割分担を考えるべきだ。自治体側も国頼みにならず、住民の意思を反映し、自らの責任と判断で施策を進める「自治」の意識を高める必要がある。

改正案では指示権乱用の歯止め策として、国が地方の意見を聴く手続きが盛り込まれたが、努力規定に過ぎない。指示権の行使には閣議決定が必要としたが、指示が適切かどうかを検証する仕組みは不十分だ。国会承認など立法府の関与を強めねばならない。

2000年の分権改革で、国による地方への関与は「必要最小限」とされた。抽象的な規定で指示権を強化する改正案では、国が通達で自治体を動かせた「上下・主従」の時代に逆戻りしてしまう。憲法92条が掲げる「地方自治の本旨」に関わる問題だ。国会にはこれらの懸念を踏まえた慎重な議論を求めたい。