政府支援の光と影「半導体人材」が増えぬ深刻事情(東洋経済online 2024/05/14 5:00)
東大・竹内氏「AI半導体で日本に勝ち筋はある
国策として怒涛の勢いで進められている、半導体産業への支援。経済産業省は2年度続けて1兆〜2兆円規模の予算を計上し、台湾の半導体製造受託大手TSMCの熊本工場や国策半導体企業ラピダスへの巨額支援を相次いで決めている。
一方で、支援について「今後は何を作るか、回路設計が重要になる」と指摘するのは、東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻の竹内健教授だ。同氏は東芝で回路設計エンジニアとしてNANDフラッシュメモリーの開発に携わってきた。半導体生産を軸とする政府支援を、どう見ているのか。
モノだけでなく、人材への投資も重要
――国の半導体政策をどう評価していますか。
TSMCやラピダスなど半導体の製造・開発に関する助成・支援は、日本が強みを持つ素材産業や製造装置メーカーには追い風だ。次は「何を作るか」という回路設計への支援に力を入れる必要がある。
AIを実行するコンピューター・半導体の研究開発には、製造よりははるかに少ない投資でよい。製造工場などモノへの投資だけでなく、回路設計者という人材への投資も重要になる。
――何を作るのか、というのは重要なポイントのはずです。なぜ設計分野の重要性が理解されづらいのでしょうか。
大きな理由としては、産業界の受け皿が減ってしまった。日本の半導体メーカーの多くが負けてしまったことが影響している。30年前には世界の半導体メーカーの売上高ランキング上位の多くを日本企業が占めていたが、今ではトップ10に入っていない。
政府予算は合理的に判断が行われ、収益が上がる分野に投資される。「日本は半導体には長年投資してきたのに、産業は振るわない」「事業化の出口が不透明では、大学への研究開発投資も難しい」と言われてしまったら、私のように以前から半導体に携わってきた人間は返す言葉もない。
その一方、伝統的な電機メーカーとは一線を画して、異業種やスタートアップが半導体の回路設計に乗り出しているのは明るい兆しだ。AIスタートアップのプリファードネットワークスが、プロセッサーを自ら開発していることは有名だし、自動運転など特定サービスを狙うスタートアップが半導体チップの設計まで手がけだしている。
これはGAFAMが半導体を手がけている動きと似ている。AIのアルゴリズムからソフトウェア、半導体の回路設計まで、もう一度作り直す。複数の技術を融合し、コンピューター全体を最適化する時代が来ている。
企業は人材育成に投資する余力がない
――かつてリストラ対象だった、半導体エンジニアが活躍できる場は増えています。
新しい半導体開発の現場で、私と同世代や先輩世代、かつて日本の半導体メーカーを牽引し、その後に苦境を味わった方たちが活躍されていて頼もしい。
でも今後を考えると、不安も感じる。昭和のノスタルジーと言われるかもしれないが、かつての日本の電機メーカー・半導体メーカーは人材を育成していた。
私自身も育ててもらった一人で、かつて在籍した東芝、今のキオクシアには感謝している。
私以外にも今、日本の大学で半導体の研究を行っている教員には、半導体メーカー出身者が多い。そういった人材の育成機関としての企業は、今どうなっているか不安を感じる。最近は海外留学の社内制度もなくなってきているとも聞く。
企業は人材育成に大きな投資をするような余裕は、もはやないのかもしれない。大学は人材育成に関しても、今まで以上にがんばる必要がある。
――このままでは、日本からエヌビディアのような半導体企業が生まれる可能性が、限りなくゼロになってしまう。
世界中でAI半導体の開発ブームが起きている。「エヌビディアの独り勝ちに挑む」という面もあるだろう。ただ、データセンター向けについては、大量のGPU(画像処理装置)の確保など巨額投資が必要で、もう日本勢がGAFAMと正面から競合するのは難しいかもしれない。
一方で、ネットワークと端末などをつなぐIoT(モノのインターネット化)には、日本が得意とする事業やサービスがある。自動車をはじめとする交通システムや、セキュリティ、製造業などのリアルな現場でも、今後はAIが浸透していくと予想されている。
熟練工など現場の人が持つノウハウ・暗黙知を、AIで代替していくのは必然だろう。こうした日本が得意とするサービスに向けたAI処理を実行する半導体であれば、日本にも勝機があるのでは。
半導体を学ぶ学生が増えている
――東大生の半導体への関心に変化は出てきていますか?
半導体を学ぼうとする学生は、増えている。今の若い人たちは、リーマンショック後に日本の電機産業が苦境に陥り、リストラを繰り返したことを知らない。最先端の技術開発への純粋な興味はあるが、昔の「半導体立国ニッポン」といったノスタルジー的な半導体への思い入れもなければ、半導体へのネガティブな感情も薄い。
大学でも以前は「半導体に興味がない」と学生が言うのなら、それが時代の趨勢で仕方ないと思っていた。冬の時代が長く続いたときは、研究室でも「AI研究」などを前面に掲げ、「半導体はAIを実現するための手段」と脇役扱いでやってきた。
しかし最近は、学生から「なぜ半導体の回路設計の研究をやらないのですか?」と聞かれるようになり、風向きが変わってきた。半導体関係の授業を受ける学生も増える一方だ。
受け皿が外資系企業になっている
――これから半導体業界へ就職する若者が増えてくるのでは。
今や半導体の研究開発を本格的にできる日本企業は限られている。就職先の受け皿が少ない。一方、TSMCやアップルなど外資系企業が日本に半導体の開発拠点を作る動きが進んでおり、そこの半導体部門に就職する学生は増えている。
彼らには無限の可能性がある。日本という枠にとどまらず、たとえばTSMCだったら台湾本社に乗り込み、世界の最先端の技術開発を牽引してほしい。
日本に残るわれわれには、研究開発や人材育成の面で大きな課題がある。私自身も「政府が投資してくれないから研究が進まない」などと泣き言をいっている場合ではない。円安を契機に、大学の研究者も海外企業から積極的な投資を求めるなど、大学にも新たな知恵が必要とされている。
半導体の冬の時代を経験した身としては、日本でも半導体が盛り上がってきたのは嬉しいと同時に、身が引き締まる思いだ。産官学の力を結集するならば、半導体製造にとどまらず、日本が強みを持つ現場の事業・サービスを牽引できるように、AI半導体の回路設計を推進していきたい。
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竹内健(たけうち・けん) 東京大学大学院教授 工学系研究科電気系工学専攻
1967年生まれ。東京大学工学部卒、同大学院修士課程修了。1993年東芝入社。2003 年スタンフォード大学経営大学院修士(MBA)。2006年 東京大学大学院工学系研究科 電子工学専攻博士。2007年に東芝を退社し東大准教授。中央大学理工学部教授などを経て2020年から現職