30年以内の発生確率88%…切迫する「東海地震」、想定される「3.11以上の被害」とは(幻冬舎 GOLD ONLINE 2023.2.24)
谷山 惠一
世界有数の地震大国・日本。全国で「大地震が起こり得ない地域」はないに等しく、どこに住んでいても決して油断してはいけません。前回は「首都直下地震」で想定される具体的被害を説明しました。本稿では「東海地震」の切迫性や、想定される具体的被害について見ていきましょう。対震構造の開発・普及に努める谷山惠一氏が、危機意識を高め、必要な地震対策を考えるために押さえておきたい情報を解説します。
「首都直下地震」の30年以内の発生確率は70%だが…
首都直下地震以上に、その発生が憂慮されているのが東海地震です。なぜなら政府が公表した30年以内の発生確率が88%と非常に高く、さらに影響を受ける地域が非常に広範囲なため、被害も東日本大震災以上に甚大になると予想されるからです。
東海地方(静岡県、愛知県、岐阜県、三重県)に住む人々は、ユーラシアプレートとフィリピン海プレートの境界線上で生活をしています。この境目が西から東につながる駿河トラフ、南海トラフと呼ばれるものです。
これらのトラフ周辺は、100年前後から150年前後の間隔で次のような大地震が繰り返されてきました【図表】。
1605年:慶長地震(マグニチュード7.9)
1707年:宝永地震(マグニチュード8.4)
1854年:安政東海地震(マグニチュード8.4)
1854年:安政南海地震(マグニチュード8.4)
1944年:昭和東南海地震:マグニチュード7.9)
1946年:昭和南海地震(マグニチュード8.0)
東海地震の震源域は、駿河トラフ周辺に当てはまりますが、ここは1944年、1946年と続いた昭和東南海地震、昭和南海地震でも歪みエネルギーが放出されずに残っています。つまり、2019年までの165年間、エネルギーが蓄えられ、いつ地震が起こってもおかしくない状況なのです。
駿河トラフが大きく破壊されれば、そこにつながる南海トラフも連動して破壊される可能性が大いにあります。そうなれば東海地方を中心とした伊豆半島から四国周辺の地域は未曾有の被害に見舞われると考えられます。
近い将来の東海地震の発生は、ほぼ確実
その予兆は、最近の火山活動からもうかがい知ることができます。日本は火山大国でもありますが、過去の大地震を振り返ると富士山などの噴火と大地震がほぼ同時期に発生していることが分かります。
例えば、869年の貞観地震の前の864年には富士山や阿蘇山が噴火しました。さらに1498年の明応地震の前後では桜島(1471年)、富士山(1511年)、1707年の宝永地震の前後ではやはり富士山(1707年)や桜島(1779年)が噴火しています。
そして昨今も全国各地で火山の噴火が次のように頻発しています。
2000年:有珠山、三宅島
2011年:霧島山
2014年:御嶽山、西之島新島
2015年:口永良部島
2018年:草津白根山
過去の記録の積み重ねから、近年の火山活動の活発化は、大地震と連動すると考えるのが自然です。
また、2016年5月23日付の日本経済新聞で地震学者である尾池和夫元京都大学学長はこのように東海地震を懸念しています。
「南海トラフ地震は約100年間隔で繰り返し、発生の50年ほど前から西日本で内陸地震が増える傾向がある。前回の地震からの経過年数を考えれば、次の南海トラフ地震の可能性のピークは2030年代後半〜40年代とみられ、西日本は1995年の阪神大震災で地震の活動期に入った」
「昭和東南海(1944年)・昭和南海地震(1946年)やそれ以前のサイクルは、活動期にマグニチュード7前後の内陸地震が7〜8回は起きていた。このような経験則に照らせば南海トラフ地震の前に2〜3回起きる可能性がある」
ここでいう内陸地震とは、2016年の熊本地震も含みます。同地震の最大震度は7。東海地震の前兆となる地震も大災害となる可能性があるということです。
このようなさまざまなデータなどから、近い将来の東海地震の発生は、ほぼ確実とされ、国も具体的な対策を進めています。
その主な例が新東名高速道路の開通です。関東地方と東海・関西地方を結ぶ日本の大動脈といえば東名高速道路です。しかし、以前から台風や高波による通行止めなどで災害への弱さが指摘されていました。まして東海地震による津波がこの大動脈に直撃すれば、国民生活への影響は計り知れません。
もちろん東名高速道路の渋滞緩和などほかにもさまざまな要因はありますが、災害対策としても考慮され計画がスタートしたのが、より内陸部に開通した新東名高速道路なのです。その総工費は4兆4000億円といわれています。
東海地震は「3.11以上の被害」もありうる
そこまで懸念される東海地震は、いったいどれくらいの被害を日本に及ぼすのか考えてみます。
東日本大震災では、発生から約30分で大津波が三陸沿岸に到達しました。一方で東海地震では、震源が陸地に接しているため、地震発生から5〜10分で大津波が襲ってくるとされています。
また、震源域は大都市名古屋直下も含まれ、極めて大きな揺れに見舞われる可能性が高いといわれています。したがって、東海地震の発生時は、東日本大震災並みの大津波と阪神・淡路大震災並みの大きな揺れに襲われるのです。まさに未曾有の大災害となると考えられます。
内閣府は最悪の被害状況を次のように想定しています。
【※マグニチュード9.1、冬、風速8m/秒を想定】
●最大震度:7
●最大津波高:34m(高知県)
●全壊・焼失する建物:238万6000棟
●死者・行方不明者:32万3000人
●自宅が被災して避難する人数:700万人。1週間後に最多の950万人に。そのうち避難所に入るのは500万人(東日本大震災の10倍)
●外出先で一時滞留する人数:1060万人。大阪圏で270万人、名古屋圏で110万人が当日中に帰宅できずに帰宅困難者となる
●エレベーター:2万3000人が閉じ込められる
●道路:通行不能が4万1000ヵ所。東名・新東名高速道路は通行止め
●鉄道:1万9000ヵ所で線路変形などの被害。東海道・山陽新幹線も一時不通(三島―徳山間は復旧までに少なくても1ヵ月)
●空港:静岡から鹿児島までの18ヵ所が一時閉鎖。高知空港と宮崎空港は津波で滑走路を含めて浸水し、再開まで2週間かかる
●電力供給:5割以下に低下(1週間程度で9割が解消)
●停電:2710万件(関東地方から沖縄県まで。9割回復まで1ヵ月)
●断水:3440万人分(東海、四国などは8〜9割に達する。大半の復旧まで最長で2ヵ月)
●飲料水・食料:震災後3日間で飲料水4800万リットル(530万人分)と食料3200万食(350万人分)が不足
●固定電話:930万回線が通話不能
●携帯電話:東海から九州地方で8割が不通(3日ほどで9割が復活)
●がれき:2億5000万トンの災害廃棄物が発生(東日本大震災の15倍)。1年後も処理終わらず
●被害総額:約220兆円(生産・サービス停止を含む。東日本大震災は19兆円)
建物やインフラ、ライフラインなどの被害は関東以西の40都府県に及び、被害総額は、あの東日本大震災の10倍以上とされています。ほとんどの人には、どれほどすさまじい災害か想像もつかないかと思います。
さらに公益社団法人土木学会は、東海地震が起こると建物や交通インフラ被害のほか、長期間工場なども停止するとして20年間の経済被害を推計しています。20年という期間は、阪神・淡路大震災で神戸市が被った経済活動の被害を考慮して定めたものです。やはり、元の状態に戻るには、それだけの年月がかかるということが考えられます。
推計した被害の合計額は、なんと1410兆円。その内訳は、建物などの直接的被害が170兆円で、20年間の経済被害が1240兆円です。
同様の視点で算出した首都直下地震の被害額が778兆円ですから、比べものにならないくらい大きな打撃、そして長期にわたる被害があると想定されています。
大地震が起こることを前提に、対策を打つことが重要
前回から今回にかけて、首都直下地震と東海地震の切迫性とそれぞれの被害想定などを説明してきました。しかし、当然ながら覚悟をしなければならない地震はこの二つだけではありません。
例えば2021年3月26日公開の、政府の地震調査委員会の報告書では、東北地方の太平洋沖で今後30年間に発生するマグニチュード7以上の地震の長期予測が発表されました。そこには青森県沖・岩手県沖北部でマグニチュード7.0〜7.5の発生確率が90%以上という衝撃的な数値が出ています。
同委員会の平田委員長は「東日本大震災後の東北は大きな地震が起きにくいと考えられがちだが、依然として注意が必要だ」と警鐘を鳴らしました。
また、地震の発生確率が低いからといって安心はできません。日本で過去200年間に起きた大地震を調べると、平均してプレート境界型地震が20年に一度ほど、活断層型地震が10年に一度ほど発生しています。まさに日本は地震の巣といえます。
そして、1983年の日本海中部地震(マグニチュード7.7)や2005年の福岡県西方沖地震(マグニチュード7.0)、2007年の能登半島地震(マグニチュード6.9)は比較的確率が低いところで起きました。
そもそも発生確率は、まだまだ不確実といえます。もちろん選りすぐりの専門家が最新の知見によって算出しているのでしょうが、その元データを記録する地震計が設置され始めたのは明治以降です。つまり、具体的なデータが残っているのはたったの百数十年分しかないのです。長い長い地球の歴史から見ればほんの一瞬なので、正確な数値を出せるわけがありません。
また、日本には今も活断層の調査が十分でない地域が残っています。今後の調査によって過去の地震や未知の活断層の存在が明らかになっていくはずです。ですから、現時点の確率が低い地域でも大地震が起こることは十分あり得ます。
繰り返しになりますが、日本は地震の巣です。どこに住んでいても決して安心してはいけないのです。
私たちは、ここ約30年間で北海道から九州までの各地で大地震に見舞われました。おそらく本稿を読んでいる人のほとんどは、そのどれかでなにかしらの被害を受けているはずです。なかには非常に苦しい経験をしたり、凄惨な場面を目撃したりした人もいるはずです。
ところが今後30年の間に、ほぼ確実に日本のどこかで再度大地震が発生します。もしかしたらあなたが、もう一度あのつらい思いを味わわなければならないかもしれません。
もし、そうなったらどうするのか――。
最善策は、大地震が起こることを前提とし、あなた自身ができる対策を今から打っておくことなのです。
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谷山 惠一
株式会社ビーテクノシステム 代表取締役社長、技術士
日本大学理工学部交通工学科卒業後に石川島播磨重工業(現:株式会社IHI)入社。橋梁設計部配属。海外プロジェクト担当としてトルコ・イスタンブールの第1ボスポラス橋検査工事、第2ボスポラス橋建設工事等に参画。第1ボスポラス橋検査工事においては、弱冠28歳でプロジェクトマネジャーとして従事し、客先の高評価を得る。
その後、設計会社を設立し、海外での橋梁建設プロジェクトに参画。当時韓国最大の橋梁であった釜山の広安大橋建設工事などに、プロジェクトマネジャーとして従事。橋梁、建築物等の構造物設計・解析を専門とする。現在は橋梁設計のほか、独自の技術で一般住宅向け免震化工法「Noah System」を開発し、普及に努めている。元日本大学生産工学部非常勤講師。剣道五段。