<社説>年のはじめに考える 「原点」にこそ回帰して(東京新聞 2023年1月6日 07時12分)
「大転換」、あるいは「ちゃぶ台返し」というのでしょうか。
昨年末、クリスマス寒波が列島を覆う中、岸田政権は脱炭素社会の実現を目指すGX(グリーントランスフォーメーション)戦略の基本方針を示し、福島の事故を踏まえて原発の“寿命”としてきた六十年超の運転を認めるだけでなく、廃炉が決まった原発の建て替え(リプレース)容認にまで踏み込みました。
◆熟議なき神話の復活
かねて「新増設や建て替えは想定していない」と繰り返してきた政府。ところが新方針では、<将来にわたって持続的に原子力を活用するため、安全性の確保を大前提に、新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・建設に取り組む>としています。将来的には新増設も視野に入れているようです。
脱炭素の要請、そしてロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー危機を背景に、首相が原発推進策の検討を指示したのは昨年の八月でした。それからわずか四カ月。熟議なき原発神話の復活です。
「可能な限り依存度を低減」から「最大限活用」へ。原発の位置付けは一変することになりました。エネルギー政策の根幹を揺さぶるだけでなく、国民の命と暮らしにかかわる重大な方針転換を、いともあっさり決めてしまった首相の“胆力”に、驚きと疑念を禁じえません。
さて、その「次世代革新炉」。政府のGX実行会議は▽安全対策を強化した革新軽水炉▽出力三十万キロワット以下の小型モジュール炉(SMR)▽冷却材にヘリウムガスを用いる高温ガス炉▽中性子を使う高速炉▽核融合炉−の五炉型を提示しました。
◆革新とは言うものの
開発途上の“夢の技術”が並ぶ中、唯一実用化に近いとされるのが革新軽水炉。三菱重工業が北海道、関西、四国、九州の電力四社と共同で設計を進め、二〇三〇年代半ばの稼働を目指しています。
軽水炉とは、冷却材に水を用いる、つまり普通の原発です。日本の商業用原発は、すべてそう。
経済産業省によると、基本構造は既存のものとほぼ同じ原子炉に、事故で溶け落ちた核燃料を受け止めて冷やす設備(コアキャッチャー)や、外部電源が喪失しても自動的に炉心を冷却する仕組みを付け加え、安全性を高めたものをいうそうです。
しかし、コアキャッチャーなどを備えた「欧州加圧水型軽水炉(EPR)」は、海外では導入済み。電源なしに自然の作用で原子炉を冷やす装置(IC)は、機能はしませんでしたが、福島第一原発にさえありました。とても「革新」とは言えません。
原発の延命を図るにあたり、「老朽化」を「高経年化」と言い換えるのに通じます。
フランス北西部で建設中のEPR、フラマンビル原発3号機は〇七年に着工したものの、設計上の不備や工事の欠陥が相次いで、一二年の稼働予定が、二四年半ばにずれ込む見通しです。建設費は当初の四倍、百三十二億ユーロ(約一兆八千五百億円)に膨らみます。
再生可能エネルギーは天候に左右されて不安定とも言いますが、原発こそ不安定で高くつく。でもいくら手間と費用がかかると言っても、安全対策の手を抜くことは絶対にできません。
しかも、原発が有事の際にミサイルの標的になることは、ウクライナで明らかになりました。空襲から逃れることは不可能です。
そもそも、最も実現化に近いとされる「革新軽水炉」も、もし稼働することになるとしても早くて三〇年代後半です。
三〇年度までに温室効果ガスを一三年度比で46%削減しなければならない温暖化対策や、現在進行形で高騰するエネルギー事情の改善には間に合うはずもありません。ウクライナ情勢や脱炭素の潮流を原発回帰の口実にしているだけ、と言われるゆえんです。
原発は依存できない、してはいけない電源です。
◆3・11という原点へ
GXの基本方針は、<(福島第一原発)事故への反省と教訓を一時も忘れず、安全神話に陥ることなく安全性を最優先することが大前提となる>としますが、原発回帰の方針自体が、反省と教訓を忘れた証しでしょう。
国際再生可能エネルギー機関(IRENA)によると、太陽光と洋上風力の発電コストは、それぞれ十年前の三分の一の水準まで下がっています。世界的に普及が進んでいるからです。
日本も<再生可能エネルギーの主力電源化>という看板を下ろしたわけではありません。その拡充と革新にこそ、力を注ぐべきなのです。