日本人の敵か?財務省はなぜ景気回復のチャンスを潰し続けるか(幻冬舎 GOLD ONLINE 2022.11.23)
田村 秀男 産経新聞特別記者、編集委員兼論説委員
財務省の官僚はプライマリー・バランスが赤字ですから一刻も早くこれを解消したい。だから少しでも景気が良くなったら、あるいは企業収益が増えたら、「消費税の増税をやりましょう」と口説きます。日本経済の分岐点に幾度も立ち会った経済記者が著書『「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由』(ワニブックスPLUS新書)で解説します。
間違った経済観が日本を追い込んでいる
■日本の間違い――消費税の増税と国債償還
先に「グローバルに開放された経済では、輸出が増えれば国内の設備投資が増え、それに伴い雇用も創出される。その波及効果で国内市場が成長していくことになる。つまり内需は対外貿易抜きには拡大されない」と一般論を述べました。
じつはここのところで日本が変調を来たしている点があります。
例えば円安導入して輸出が増えたとします。企業収益は伸びます。現下の円の相場水準であれば輸出はもっと伸びる。さらにアメリカのマーケットも最近拡大している。加えて、中国向け輸出も増えると展望できれば、「設備投資しよう」とか「もっと人を雇ってみよう」という企業が国内に出てきます。つまり設備投資や雇用増進のインセンティブが出てくるのです。
ところが日本はそういうときに限って消費税の増税をやります。そうしたら企業のほうは「えっ、なんだ。それじゃあ国内の売り上げ、やっぱり伸びないじゃないか」ということになって、設備投資を控えていきます。「やっぱり海外でやろう」と。だから海外シフトばかり進んでしまうのです。
こんな初歩的な間違いを、日本はもう延々と繰り返してきているのです。
どうしてそうなるのでしょうか。結局、政治家の責任放棄です。
財務省の官僚にしてみれば、プライマリー・バランスが赤字ですから一刻も早くこれを解消したい。だから少しでも景気が良くなったら、あるいは企業収益が増えたら、政治家を「もう景気は大丈夫です。心配の必要はありませんから消費税の増税をやりましょう。消費税による税収は社会保障財源に充てますから」と口説きます。
政治家も「お、そうだな、そうだな」と乗ってしまう。それで内需を殺してしまうのです。
せめてデフレから完全に脱却して、内需の成長がどんどん高まって、物価が需要の増加によって自然に(2%程度)上昇するというふうに、経済が正常化したあとならいいのです。そうなったうえで消費税をきちんと考えてみる。ところがそうなる前に、先食いしてしまうわけです。
それから傷に塩を塗り込むように国債の償還もしてしまう。
国家には増税があろうとなかろうと税収があります。当然景気が良かったら税収は増えます。ところが、その増えた税収を国民経済に戻さないと内需が冷えるのです。これはすでに基本的な経済理論として証明されています。それにも拘わらず、日本政府は平気で国債の償還をやってしまいます。
『日経新聞』がよく「GDP比で国の債務が2倍を超えてます。これは世界でいちばん悪いです」というようなことを書きますが、これが強い強迫観念になっていると思います。
私に言わせれば「世界でいちばん悪くて何が悪いんだい?」なのですが……このことを『日経新聞』『朝日新聞』に代表されるマスコミ、経済学者、財務官僚、そして政治家が「大変だ」「大変だ」と延々と言っています。こういう間違った経済観が日本を自ら追い込んでいると思います。はっきり言えば経済観が日本はあまりにもお粗末ということなのでしょう。
恐ろしいのは、経済が失速している時代が長いと、皆モノを買わなくなるのが普通になってしまうことです。このままではお金がいくら入ってきても使わなくなります。これでは内需が収縮していくばかりです。
若い人たちはほんとうにお金を使わない印象です。たぶんお金を持つようになっても使わない。日本経済の現状では希望的な展望がないからです。これの打開には経済を成長させることが最も効果的なのです。こうしたデフレ心理は25年間も人々に沈殿しており、払拭するためには政府が思い切った財政出動を長く続けるしかありません。
デフレ脱却のチャンスを潰す財務省
■日本という国の借金
「国債は国の借金」とよく言われます。いま現在、日本の政府は借金しているかもしれませんが、民間にはお金が余っています。というのも、民間はとくに国外にお金をどんどん出していますから。要するに“カネ余り”の状態です。そんな国が借金大国ということはあり得ないことです。国全体としては借金どころか、お金を持て余している。世界に向けてお金を大いに供給しているわけです。
そもそも「国の借金 」という言い方が大変な誤解を招くと思います。国債は言ってみれば政府の借金、政府の債務です。政府の債務は民間の債務や家計の債務とわけが違います。どういう意味で違うのかというと、政府は最終的になんとでも債務を処理できるということです。
ひとつは永久国債にできます。つまり償還義務がない国債にするという方法です。利払いだけするというものです。利払いといっても、いまの日本は金利がゼロだから払う必要はありません。
それからもうひとつは政府には徴税権があるということです。その税金で国債を償還するという方法です。しかし、それだと増税してまで返せということになりかねません。そうなると増税してまで返す意味があるのかがポイントになります。
景気が過熱している、つまりこのままだと相当なインフレになるかもしれないというときは、確かに財政を絞って、需要を抑えていくことはあっていいでしょう。こういうときに国債償還のための増税はできます。
これらの対処ができるということで、政府の債務は企業や家計の債務とは違うのです。
■デフレ脱却のチャンスに失敗した理由
ホワイトハウス高官が「日本はこのまま沈んじゃダメだ、中国に対抗するためにも日本は強くなければならない。だから小泉改革を成功させ、日本の経済を小泉の手でよくしたい……それでアメリカに利益が回ってくる」と強調していたこと、そして小泉政権時代の経済成長に結びついたのは、外務省の溝口善兵衛財務官とアメリカのジョン・テイラー財務次官の“密約”による円安誘導だったことにも触れました。
小泉政権時代に景気は輸出主導で回復しました。しかしデフレからは脱却できませんでした。それはなぜでしょう。
やはり内需が立ち上がらなかったことに尽きます。加えて財政も均衡主義、緊縮主義を貫いて、財政出動を控えました。そのため財政収支赤字のGDP比はどんどん縮小していきました。縮小していったとはどういうことかというと、それだけお金を吸い上げて、民間には戻さないということです。
要するに国債の償還ばかりやっていたということです。そうなると内需はなかなか立ち上がりません、お金が出てこないわけですから。
均衡主義、緊縮主義にさえこだわらなければ、小泉改革のときにデフレ脱却できました。否、脱却できなかったとしても、そのきっかけはつくれたと思います。
財政収支は均衡していなければならない、プライマリー・バランスがゼロにならないといけない理由はどこにあるのでしょうか。政治家としては「財政は悪化しちゃダメだよな。プライマリー・バランスがゼロになるようにもっていったら俺の功績だ」という考え方になるのでしょうか。
田村 秀男 産経新聞特別記者、編集委員兼論説委員
1946年高知県生まれ。70年早稲田大学政治経済学部経済学科卒後、日本経済新聞入社。ワシントン特派員、経済部次長・編集委員、米アジア財団(サンフランシスコ)上級フェロー、香港支局長、東京本社編集委員、日本経済研究センター欧米研究会座長(兼任)を経て、2006年に産経新聞社に移籍、現在に至る。主な著書に『日経新聞の真実』(光文社新書)、『人民元・ドル・円』(岩波新書)、『経済で読む「日・米・中」関係』(扶桑社新書)、『検証 米中貿易戦争』(マガジンランド)、『日本再興』(ワニブックス)がある。近著に『「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由』(ワニブックスPLUS新書)がある。