アメリカのものづくり企業幹部は「中国・韓国・インド人がほとんど」日本の勢いはなぜ衰えた?(幻冬舎ゴールドライフオンライン 2022.10.23)
早稲田大学名誉教授・浅川基男氏の著書『日本のものづくりはもう勝てないのか!?』より一部を抜粋・再編集し、「日本のものづくり産業」における問題を見ていきます。
日本社会の情報化は「周回遅れ以上」
1990年代から、世界は工業化社会から情報化社会に転換しはじめた。
1976年創業のアップルは、時価総額が現時点でトヨタの8倍、2004年に創業したばかりのフェイスブックは、トヨタの2倍に達している。
日本の低迷の大きな問題が情報化社会への遅れにあることは明々白々である。もはや世界に比較して周回遅れ以上である。
例えば、政府や公共機関が、未だに20年前と同じように紙と電話・FAXや人力による事務対応に追われている状況が、今回の新型コロナウイルス禍で国民に露呈してしまった。
ベンチャー企業家への支援策不足
『日本経済新聞』2020年7月20日によれば、評価額が10億ドル以上のベンチャー企業である“ユニコーン”は、2019年時点で、米国が200社、中国が100社を超える。
この中にはものづくり関連の企業も多数ある。
ところが、日本はわずか数社に過ぎない。ユニコーンを増やすためには、ベンチャー企業の前段階である大学の研究成果を形にするインキュベントが大切である。
2019年9月の経産省の調査によれば、各大学の研究成果を事業化した件数は東京大学300件弱、京都大学200件弱、次いで大阪大学、東北大学と続く。インキュベント事業には失敗がつきものであるが、東大はユーグレナ(藻を燃料化)を設立した出雲充氏が後進の企業育成に力を入れている。
他人の目を気にして、失敗を恐れ躊躇する現代の若者への先輩の経験談や指導が、彼らの意欲を育んでいる。
勢いを失いつつある日本の研究開発動向
ものづくりの背景となる研究開発分野では、残念ながら次第にその勢いを失いつつある。
主要国の研究論文数の推移をみると、2004年までは米国に次いで日本が2位であったが、2005年以降中国に抜かれたのみならず、他の主要先進国が増加傾向を示す中でも、日本だけが減少傾向から抜け出せないまま、順位を下げている。現時点では、米国と中国が年間25万本強であるが、日本は5万本を割りつつある([図表1])。
アメリカさえ抜き去った…中国の脅威的「特許出願数」
さらに、世界知的所有権機関(WIPO)によれば、日本・米国・中国の特許出願数の比較では、中国の躍進が顕著で、日本(30万本)はおろか米国(60万本)さえ抜き去り、140万本に届く勢いである。民間を含む研究開発費の比較も同様な傾向となっている([図表2])。
[図表2]日本・米国・中国の特許出願数の比較
戦前は中国の魯迅・孫文・周恩来ら、その後活躍する中国の若者が日本で学んだが、今では優秀な若者ほど、米国に留学するようになり、日本は見向きもされなくなってしまった。
国際会議で痛感するのは鉄鋼・自動車・電気電子機器の米国の企業幹部や大学の教授が、中国・韓国・インド人でほとんど占められるようになったことである。
彼らは、留学後もそのまま米国に住みついた。逆説的だが、そのことが米国のものづくり産業を下支えする源泉にもなっている。
競争的研究資金配分および重点主義の弊害
2020年2月19日の日本経済新聞によれば、民間を含む研究開発費の世界首位は米国で5490億ドル(約60兆円)。中国も4960億ドルに達する。日本は1709億ドルで米中の3分の1である。もはや資金力の差は埋めようがない([図表3])。
2004年の国立大学法人化を機に、文部科学省の運営費交付金は毎年約1%ずつ削減され、1兆2415億円から2018年度は1兆971億円と約12%の減少となっている.この削減は研究教育の基盤的経費が15%~18%削減されたことに相当する。
大学運営の基本である教育経費は削減できず、結果的に予算削減のしわ寄せは研究費の大幅な削減となった。この法人化と同時並行で進められたのが、「研究予算の選択と集中」との美名で呼ばれた競争的資金の科研費(科学研究費補助金)であった。
日本には技術を見極める目や、投資の決断力を持つ司令塔が見当たらない。
文科省の立ち居振る舞いも大切だが、文科省の決定権は財務省にある。その財務省には、理工系の本質や、ものづくり技術を支援する人材がいない。
前・国立大学協会会長の山極京大総長と財務省幹部とが激論し、「重点配分主義は流行を追いすぎている」との批判に対して、財務省は全く聞く耳を持たず、「国立大学の運営費一律削減は信念をもってやっている」と発言したのには、びっくりした。
ノーベル賞受賞者が強く指摘しても「鈍い」省庁の実態
「引抜き研究」で筆者も競争的資金・科研費を申請したことがある。数回の採用不可の後、思い切って「ナノ」とか「ピノ」とか「ポニョ」とか、使い慣れない当時流行の単語を散りばめ、自分でも恥ずかしくなるような申請書に書き直したところ、やっと通った経験がある。
大学の評価について、注目研究重点主義で決める弊害は極めて大きい。若い研究者は現在流行中の、短期的に成果の出やすい研究に走りがちである。
名伯楽や信頼できる第3者機関による評価が期待できない現状では、研究費の“選択と集中”をやめ、研究費配分は個々の大学に任せ、大学ごとに特色ある研究・教育に戻すべきである。
多くのノーベル賞受賞者がこの点を強く指摘しているが、財務省・文科省の対応は鈍い。政府は、最近10兆円規模の大型ファンドを創設すると発表したが、その配分法は政府の有識者会議で決めるという。有識者が名伯楽になるとは限らない。ここが問題である。
誤解を招く表現だが、「下手な鉄砲、数打ちゃ当たる」が、長期的に見れば、最も確率高く、優れた結果が得られる方法であると著者は信じている。
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浅川 基男
1943年9月 東京生まれ
1962年3月 都立小石川高校卒業
1968年3月 早稲田大学理工学研究科機械工学専攻修了
1968年4月 住友金属工業株式会社入社
1980年5月 工学博士
1981年5月 大河内記念技術賞
1996年4月 早稲田大学理工学部機械工学科教授
2000年4月 慶應義塾大学機械工学科非常勤講師
2002年4月 米国リーハイ大学・独アーヘン工科大学訪問研究員
2003年5月 日本塑性加工学会 フェロー
2004年5月 日本機械学会 フェロー
2014年3月 早稲田大学退職、名誉教授
著書:基礎機械材料(コロナ社)ほか