核共有と核廃絶、どちらの議論をするのか。もはや棚上げは許されない。

広島の原爆ドーム 政治・経済

台頭する核共有論 広島が孤立覚悟で発信し続けるべき理想とは(毎日新聞 2022/8/6 15:25 最終更新 8/6 16:00)

広島大平和センター長・川野徳幸教授

ロシアのウクライナ侵攻を巡って核兵器の脅威がかつてなく高まる中、広島・長崎の原爆投下から77年の夏を迎えた。「核なき世界」を訴えつつ、米国の「核の傘」に守られるという相反するような対応を続ける日本。唯一の戦争被爆国として取るべきスタンスについて、広島大平和センター長の川野徳幸教授にインタビュー取材した。

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我々は理想と現実が分岐するまっただ中にいる。核兵器が使用された後の世界を想像しうるのか、いかに想像力豊かに生きられるのかという視点に、ロシアによるウクライナ侵攻が大きく水を差し、重みを増した現実へと転がりつつある。

「核なき世界」の理想は日本人に定着しているが、核抑止効果があると思う人も多い。私が関わったある調査では「核の傘」に依存する日本政府の立場を被爆者の4割以上が許容あるいは諦観していた。ウクライナ侵攻は核抑止の価値観に影響を与え、自民党や日本維新の会の政治家が核共有や非核三原則の見直しに言及し始めた。国内総生産比1%を目安に予算編成してきた防衛費も増額の一線を軽く越えようとしている。

一方で「核なき社会」に近づかないと社会の未来そのものがない。理想への道筋として、被爆者を軸として市民社会が原動力となった核兵器禁止条約は画期的だ。122カ国・地域が採択に賛成した「社会の規範」が一つの光だとしたら、日本は現実を突きつけられる1年となる。核共有と核廃絶、どちらの議論をするのか。もはや棚上げは許されない。

日本政府は核保有国との橋渡しを務めるとして条約参加を見送る。一方、内閣府が1月に公表した世論調査では日米関係の発展を重要と答えた人が過去最高の98・2%となった。そうした状況で米国以外の核保有国に中立と見てもらえるのかという現実もまたある。

なぜ日本はウクライナ侵攻に際し、「あの原子雲の下で起きたことを想像してほしい」と言わないのか。戦時下で罪のない市民が犠牲になった広島、長崎、そして日本は戦争の帰結を知っているはずだ。壊すのは簡単だが再建は難しい。なぜ人間は過ちを繰り返すのか。

理想がない社会は恐ろしい。人類の知恵は理想があってこそ生まれるものだ。広島は孤立する覚悟で理想を訴え続けなければならない。被爆体験をベースに、ヒロシマの思考・思想を作り上げ、発信していく必要がある。そうでなければ核兵器廃絶を訴え続けてきた「ヒロシマ」は、その立場を失うことになるだろう。