渡り鳥は数千キロも迷わずナゼ飛べる? 東西南北の方位を知る細胞を発見(AERAdot. 2022/04/28 08:00)
渡り鳥は、どうして数千キロメートルも離れた場所まで迷わずに旅ができるのだろう? これまで地磁気(※)から東西南北の方位を知るのではないかと考えられてきたが、そのしくみはわかっていなかった。動物の脳を研究する脳科学者の高橋晋教授(同志社大学)と 動物の行動を研究する生態学者の依田憲教授(名古屋大学)は、渡り鳥の脳から頭が北を向いたときにだけ活動が盛んになる細胞を見つけ、謎の解明に新たな一歩を踏み出した!(現在好評発売中の『ジュニアエラ5月号』の記事から紹介します。)
(※)地磁気:地球はそれ自体が大きな磁石で、北極付近がS極、南極付近がN極となっている。方位磁針のN極が北を向くのは、北極付近のS極にひかれるからだ。このような地球が生み出す力を地磁気という。
渡りの経験がない幼鳥は、地磁気だけを頼りに飛ぶ!?
渡り鳥の脳のしくみを解明するために高橋晋教授らが着目したのは、新潟県の粟島に生息するオオミズナギドリという海鳥だ。
夏には日本付近で子を産み育て、冬には南のインドネシア方面へ移動する渡り鳥で、その渡りの際に飛ぶコースが、親鳥と新たに生まれた幼鳥では大きく違っている。
先に出発する親鳥の群れは、日本列島の南北を回り込むように少し遠回りし、海上を飛んで南へ向かう。これに対し、遅れて出発する幼鳥の群れは、粟島からまっすぐ南を目指して本州の山を越えるように飛んでいく。海上を飛ぶのに比べてずっと危険だ。
この違いについて、高橋教授らは次のように考えた。親鳥は過去の渡りの経験から、安全な海上を飛ぶルートを知っている。
一方、渡りの経験がない幼鳥は、生まれ持った地磁気を感知する能力だけを頼りに目的地を目指さなければならないから、危険な山越えをするのではないか? そんなオオミズナギドリの幼鳥こそ、地磁気を感知する脳内の細胞のしくみを調べるのにうってつけだと考え、数年前から研究をスタートさせた。
「頭方位細胞」の活動が、頭が北を向いたとき、盛んに!
高橋教授らが注目したのは「頭方位細胞」だ。これは哺乳類、鳥類、魚類、昆虫の脳のさまざまな場所にたくさんあり、頭部が前後左右などの特定の方向を向いたときに活動が盛んになる細胞で、方向感覚をつかさどっていると考えられる。
しかし、ほかの動物を使ったこれまでの研究では、東西南北の方位の違いによって活動が変化する頭方位細胞は見つかっていなかった。
高橋教授らは、オオミズナギドリの幼鳥の頭方位細胞の活動は、東西南北の方位によって違いがあるのではないかと考え、実験を行った。
水のないプールに入れた幼鳥の頭には、頭方位細胞の活動を調べるニューロ・ロガーという機器が取りつけられている。プールの上には、幼鳥の頭の向きを記録するカメラが設置されている。
これによって、幼鳥がどの方向を向いたときに頭方位細胞がよく活動するかを調べたのだ。その結果、頭方位細胞は、幼鳥の頭が北を向いたときに活動が盛んになることがわかった。
幼鳥は東西南北の方位ではなく実験室内の何かに反応している可能性もあったので、3キロメートルほど離れた屋外でも同じ実験を行った。すると、結果はほぼ同じで、北を好む頭方位細胞が存在することがわかった。こうして、東西南北の方位を知って飛んでいるように思える渡り鳥の行動が、脳のはたらきと結びついたのだ。
図方位細胞は北を好むのに、幼鳥が反対の真南に向かうのはなぜ?
では、頭方位細胞は頭が北を向いたとき、活動が盛んになるのに、オオミズナギドリの幼鳥はどうして北とは反対の真南に向かうことができるのだろう? 高橋教授は次のような仮説を唱えている。
「もし南を向いたとき、頭方位細胞の活動が盛んになったら、越冬地までの数千キロメートルの飛行中ずっと活動し続けてエネルギーをたくさん使うことになります。北を向いたときに活動が盛んになるのなら、南へ向かっているときの細胞はほとんど活動しないので、エネルギーを節約できます。頭方位細胞をこのように使えば、南に向かって省エネで飛行できると考えられ、好都合ですね」
頭方位細胞は脳の前庭神経核という部分と強いつながりがあり、ハトの脳の前庭神経核からは、磁気を感じる「磁気感知細胞」が発見されている。
オオミズナギドリの脳には、頭方位細胞が磁気感知細胞とつながり、数千キロメートル離れた越冬地へ向かうしくみがあるのかもしれない。
高橋教授らは今後、人工的に磁気を発生させた場所で鳥の脳の活動や行動を確かめるほか、飛んでいる鳥の脳の活動をニューロ・ロガーを使って調べ、くわしく理解する研究を計画しているという。次はどんなことがわかるのか、楽しみだ。
(文/上浪春海 図版/同志社大学大学院脳科学研究科高橋晋研究室 マカベアキオ)