宇宙の運命を握る「ナゾの物質」ダークマター…最新研究から浮かび上がった「意外な正体」 2024.06.02
高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所
138億年前、点にも満たない極小のエネルギーの塊からこの宇宙は誕生した。そこから物質、地球、生命が生まれ、私たちの存在に至る。しかし、ふと冷静になって考えると、誰も見たことがない「宇宙の起源」をどのように解明するというのか、という疑問がわかないだろうか?
本連載では、第一線の研究者たちが基礎から最先端までを徹底的に解説した『宇宙と物質の起源』より、宇宙の大いなる謎解きにご案内しよう。
*本記事は、高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所・編『宇宙と物質の起源 「見えない世界」を理解する』(ブルーバックス)を抜粋・再編集したものです。
宇宙の運命を握るもの
本記事では、宇宙には見える物質のエネルギーより、ダークマター(暗黒物質)がその5倍近く多く存在し、その強力な重力により物質を引き寄せて、これまで多くの銀河がつくられてきたことを解説します。ダークマターが、銀河同士すらも引き寄せて、より大きな天体である銀河団や超銀河団をつくるなど、これまでに観測されている宇宙の大規模構造をつくってきたのです。
その一方、引力ではなく斥力をもつダークエネルギー(暗黒エネルギー)の量が徐々に増えてきて、ダークマターの3倍近くほどのエネルギーをもつに至り、現在の宇宙を加速膨張させ続けていることを紹介します。つまり、ダークエネルギーこそが、将来の宇宙の運命を握る、極めて重要な役割を担っているのです。
物質という言葉が意味するものは、さまざまな背景により、その定義が異なってきます。しかし、これまでの章で述べられてきたように、素粒子物理学では物質とは、主にクォークでつくられた陽子や中性子のような核子を指します。もしくは、その材料であるクォークやレプトンなどの素粒子を指す場合が多いようです。
核子は3個のクォークでつくられています。陽子はアップクォーク2個と、ダウンクォーク1個です。核子が集まって原子核をつくり、原子核に電子が捕られて原子がつくられます。原子が組み合わさったものが分子ですね。私たちの体は原子・分子からできていますが、最小の単位という意味で、クォークからできていると言っても過言ではないでしょう。この、クォークつまり核子からつくられた物質は、「バリオン物質」と呼ばれます。バリオン物質は光を散乱するので、目に見える物質です。これまで述べてきた反物質も、「反」と付いていますが、核子からつくられているのでバリオン物質であり、目に見える物質です。
実は、宇宙全体の進化を研究する学問である宇宙論では、宇宙の膨張に与える影響の性質から、物質を定義します。それは、宇宙の体積が2倍になればその密度は半分になる、そのようなエネルギー状態をすべて物質と呼ぶことにする、という定義です。ここでいう密度とは、数の密度でもよいですし、質量、もしくはエネルギー密度でも同じ意味となります。質量密度とは、アインシュタインの相対性理論ではエネルギー密度と同じ意味なのです。
見える物質であるバリオン物質は、当然、宇宙論の定義でも物質です。そしてこの宇宙論の定義に従うと、物質とは、バリオン物質である必要すらないのです。
ダークマターは存在する
次に、見えない物質、ダークマターが存在するという話をします。ダークマターが物質と呼ばれるためには、光のように速いスピードで飛び回ってもいけません。速度が遅い(エネルギーが低い)という意味で、冷たい(コールド)ダークマターと呼ばれることもあります。見えない物質、ダークマターが存在すると信じるに足る、科学的な宇宙観測について3点紹介します。1. 銀河の回転曲線、2. 衝突する銀河団の重力レンズ効果、3. 宇宙の大規模構造の種です。
1つ目は、他の銀河内の天体の運動に関する観測によるものです。ここで天体の運動とは、恒星やガスの塊の領域が、銀河の中心を円盤状に回っている回転運動のことを指します。
ここで先に、われわれの太陽系内の惑星の運動を復習しておきましょう。太陽系の形成の起源を考えれば明らかなように、太陽系内の惑星の運動は太陽という恒星の重力のみが主に支配していて、太陽の周りを惑星がそれぞれの公転周期で回っています。例えば、地球が1年で回るのに対し、最も太陽に近い水星は約90日、最も太陽から遠い海王星は約160年など、その周期はさまざまです。
公転軌道の円周の長さも違うのですが、その回転の速度もそれぞれ異なっています。観測により、地球が秒速約30キロメートルで公転しているのに比べ、水星は地球よりも速くて秒速約47キロメートル、海王星は地球よりずっと遅くて秒速約5.4キロメートルです。ニュートンの法則から導出された運動方程式によると、速度は太陽の質量の平方根に比例し、それぞれの惑星の質量に無関係で、太陽からの距離の平方根に反比例するという関係にぴったり合っています。
ところが驚くことに、他の銀河の円盤全体の回転の速さを測定したところ、中心からの距離に関係なく、ほぼ一定だったのです。この半径ごとの速度は「回転曲線」と呼ばれます。これは、太陽系のような惑星の重力が支配的な小さな領域と、銀河全体の大きな領域とではまったく状況が異なることを示しています。
この、銀河の回転曲線(半径ごとの回転の速度)が半径を変えても一定という不思議な現象は、実はダークマターを導入すると解決されるのです。これまでは、銀河の光っている円盤部分のみに着目して、太陽系の惑星の運動のような計算をしていたため、誤っていたのです。光っている円盤部分すら十分に覆い隠すほどのダークマターがつくる球対称の分布を仮定するのです。
その場合、そのハローとも呼ばれる球対称のダークマター分布が、円盤部分の物質の重力源を上回り、むしろ支配的な重力源になります。そして、ニュートンの運動方程式により計算すると、この回転曲線がちょうど一定になるという、一見、非自明な性質が導かれます。1980年にアメリカのヴェラ・ルービン博士らが、銀河中を回転する水素ガスが放出する21センチメートル線(波長が21センチメートルの特殊な電波)の観測から、この回転曲線がダークマターの存在により説明できることを論文として発表しました。銀河の回転曲線は、非常に決定的なダークマターの証拠となっています。
「弾丸銀河団」に残された証拠
2つ目は、弾丸銀河団と名付けられた、衝突する2つの銀河団の観測によるものです。2つの銀河団には、バリオン物質が含まれているので、それらが衝突してX線を出して光ります。その画像から銀河団の位置がわかります。
ところが、重力レンズ効果という別の方法で2つの銀河団の位置を測定したところ、衝突せずにすり抜けている成分がとても多いという結果となりました。重力レンズとは、重い天体の周りでは、一般相対性理論の効果により空間が曲げられ、光が直進できずにレンズとなる天体を中心に集光される現象です。弾丸銀河団の背後にある天体から出た光は、弾丸銀河団の重力レンズ効果によって曲げられます。そこで、背後の天体から出た光を逆算して、弾丸銀河団の質量成分の空間的な分布の画像をつくったのです。その結果、バリオン物質とは異なり、お互いに衝突せずにすり抜けている物質の存在が描き出されました。これは、ダークマターが存在する証拠です。
3つ目は、本章のテーマでもある、宇宙の大規模構造の種としての役割です。宇宙の始まりにおいて、銀河がなかった状態から、太陽質量の約1兆倍もの重さの銀河がつくられるためには、その種となる、密度が濃い(高い)領域が必要です。そうした空間的な密度の濃い薄いは、「密度ゆらぎ」と呼ばれます。元はインフラトン場の量子ゆらぎだったものが、インフレーションを経て、密度ゆらぎとなりました。最初に密度が高いところには、重力により、どんどん物質が集まってきて、どんどん密度が高くなっていきます。逆に、最初に密度が薄い(低い)ところは、どんどん密度が低くなっていきます。このように一方向にどんどん進んでしまうことは、不安定性と呼ばれます。重力の不安定性により、宇宙年齢をかけて、大きく重い銀河がつくられるのです。先に紹介した銀河団は、その銀河が重力で集まった天体、銀河団が重力で集まった天体が超銀河団です。
ところが、宇宙の進化において、質量を担う物質が、見える物質、つまりバリオン物質だけしか存在しなかった場合、大変な問題を引き起こします。見えるということは、光を出したり、光と散乱したりするという意味です。宇宙の火の玉の中で、光とバリオン物質だけがゆらぎをもっていたのであれば、それらは激しく散乱して、それぞれがもっている密度ゆらぎをならして平均化してしまいます。その結果、密度ゆらぎがなくなってしまい、大きく重い銀河がつくられないという問題を引き起こします。これを防ぐためにも、光と散乱しない、つまり見えない物質であるダークマターが必要不可欠なのです。ダークマターの密度ゆらぎの大きいところに、見える物質がどんどん落ち込んでいって、銀河をつくります。最近の理論と観測との進展から、ダークマターは見える物質の約5倍の量で存在しないと観測と合わないことがわかってきました。
未知の素粒子か、原始ブラックホールか?
ダークマターとは、いったい何なのでしょうか。実は宇宙と素粒子の研究の業界では、ものすごくホットなトピックとして、数十年もの歳月を要して活発な議論が行われてきています。
先の議論のように、すでに見える物質は除外されています。赤色矮星や褐色矮星のような発見されていない小さな恒星が大量にあるという可能性はどうでしょうか。それらは見える物質(バリオン物質)なので、上記の構造形成における、ゆらぎをならしてしまうというネガティブな効果によって候補となりません。同じ理由により、恒星が最期を迎えたときに形成される天体、例えば、中性子星や白色矮星なども、元はバリオン物質でしたから、ダークマターとはなり得ません。重い恒星がつぶれてつくられる天体起源のブラックホールも、同じ理由で駄目なのです。銀河・クェーサー・活動銀河核などの中心に鎮座する約数十億太陽質量にも上る超巨大ブラックホールの質量を足し挙げても、ダークマターの0.1%程度にしかならないことも、観測から明らかになってきました。
長年、候補かもしれないと考えられてきたニュートリノも、条件を満たしません。宇宙に満ち満ちている火の玉のなごりである3世代(電子、ミュー、タウ)存在する宇宙背景ニュートリノは、数はとても多いのですが、個々の質量が小さいために、ダークマターとはならないことが判明してきました。
スーパーカミオカンデでニュートリノの質量の存在自体が発見され、梶田隆章博士がノーベル物理学賞を受賞しましたが、皮肉にもダークマターとなるには量が足りなかったのです。ニュートリノの質量は、最新の宇宙マイクロ波背景放射などの観測から多めに見積もっても約0.1eVです。1eVは1gの約1033分の1、つまり1兆分の1の1兆分の1の10億分の1です。
その軽いニュートリノは、スピンと呼ばれる自転に相当する性質が、左巻きであることがわかっています。左巻きという性質は、左回転という意味なのですが、地球の自転のように下から見たら逆回転に見えるような本当の回転とは異なり、概念的に名付けられただけのものです。
理論的に予言される筆者お薦めのダークマター候補は、次の4つです。1. WIMP、2. アクシオン、3. 原始ブラックホール、4. 右巻きニュートリノ。他にも、それこそ山のように候補はあるのですが、近い将来に決着がつきそうな候補という観点から、筆者の独断で4つ選びました。それらの性質の違いなどと、どうやって検証するのかについてのアイデアは、次回の記事で説明します。