対話型AIは「仕事」を激変させる? 日本では「企業内失業者」が増えるかもしれない理由

社会のAI化によって多くの仕事が消滅するとの予想はあったが、対話型AIの登場は、そのペースを加速させるかもしれない… 科学・技術

対話型AIは「仕事」を激変させる? 日本では「企業内失業者」が増えるかもしれない理由(ビジネス+IT 2023/02/28 掲載)

AI(人工知能)の急激な進化によって、ビジネスの現場が大きく変わろうとしている。社会のAI化によって多くの仕事が消滅するとの予想は以前から存在していたが、対話型AIの本格普及によって、そのペースがさらに加速しそうな状況だ。

執筆:経済評論家 加谷珪一

対話型AIは決して万能ではない

米マイクロソフトは2023年2月7日、同社の検索エンジン「Bing」に、新しい対話型AIを搭載すると発表した。同社が搭載する新しいAIエンジンは、米オープンAIという新興企業が開発したものである。マイクロソフトは、同社の高度な技術に着目し、数十億ドルの追加投資を発表している。

マイクロソフトのライバルとも言えるグーグルは、新しく台頭した一連のAI技術を脅威と捉えており、全社をあげて対応するよう社内に指示したとされる。グーグルは新しい人工知能を早速、公開するなど、各社がしのぎを削る状況となっている。

一連の新しいAI技術は、従来とどこが違うのだろうか。

最大のポイントは人間との対話能力である。AIはすでに家庭にも普及しており、人と会話ができるホームスピーカーなど、多くの製品が販売されている。だが、こうした従来型AIは、難しい質問をすると「よく分かりません」などとしか返答できないケースも多く、「あたかも人間と対話するかの如く」という状況には至ってなかった。だが、近年、開発が進んでいる対話型AIは、驚異的な進歩を見せており、難しい質問でも、ごく自然な形で何らかの回答を返してくれる。

もっとも、自然な言葉で回答してくれるからといって、対話型AIが万能というわけではない。当該AIが優れているのは対話能力であって、どのデータセットを参照したのかによって、AIとしての能力は決まってしまう。簡単に言ってしまえば、会話能力が上がっただけで、肝心の中身については、従来型AIと大きく変わるものではないだろう。

だが、とりあえず自然な文章が作成されるというのは大きな変化であり、対話型AIを使ってレポートを自動作成する学生が増えるのではないか、なりすましなどがあるのではないかといった懸念が各方面から出されている。こうしたリスクがあるのは事実だが、AIの能力そのものが人間を超えたわけではなく、現時点においては過剰な懸念は不要であり、対話型AIに過大な期待を寄せる必要もないと考える。

限定された環境下では絶大な効果を発揮する

しかしながら、一般的なビジネス現場のIT化という部分に的を絞ると、対話型AIの普及がもたらすインパクトは大きいと筆者は考えている。

対話型AIの最大の特徴は、ほとんどの質問に何らかの形で意味が通る答えを返してくる点にある。だが回答の中身については、先ほども指摘したように参照したデータセットやAIが持つアルゴリズムよって変わってくる。現時点において、社会に流通するデータを網羅的に参照し、間違いがなく、かつ倫理的な問題を回避した上で、適切な回答を返してくれる汎用エンジンを構築するのは難しいだろう。

だが、限定された環境下であるならば話は変わってくる。

AIの技術は、人間の新しい頭脳となり得るものだが、AIを人間が適切に操作するためには、AIとうまくコミュニケーションを確保することが重要となる。AIを操作するために特別な能力が必要ということであれば、従事できる人材が限られてしまうため、社会の隅々までAIを行き渡らせるのは不可能との判断にならざるを得ない。

一方、企業の現場など、参照するデータが限られており、AIが対応する範囲にも制限をかけられる状況であれば、大きなリスクを伴わずAIを運用できる道筋が見えてくる。具体的に言うと、企業の情報システムへの応用である。

対話型AIがビジネスの現場に浸透すれば、あたかも同僚や上司と対話をするが如く、システムに対して業務の指示を出せる。従業員が口頭でやり取りするだけで、システムが自動的に業務を遂行することが可能となるのだ。

AIで「仕事・働く人」の関係はどう変わるのか?

たとえば企業のコールセンターは、基本的に人が対応しているわけだが、新しい技術を使えば、多くを機械で代替できる。コールセンターのAIが取得する情報や、顧客に提示する内容について制限をかければ、AIが想像もしない行動をとったりする可能性は低くなり、実用上のハードルは大きく下がるだろう。

企業内における定型業務も変わる。

過去3カ月の、A商品の販売データをもとに、向こう半年の販売額を予測して欲しいといった問いかけをすれば、AIは企業内の情報を検索し、正確なレポートを作ってくれるに違いない。

業務の指示方法も大きく変わるだろう。これまではシステム上で業務を遂行するためには、さまざまな情報を正確に入力し、タブをクリックするなどの操作を行って、システムに対して厳密に指示を出す必要があった。だが、対話型AIが普及すれば、従業員が「〇×の作業をして欲しい」と、多少曖昧な問いかけをした場合でも、システムが対応してくれる可能性は高くなる。

コンピュータの操作を習得する必要がなくなるというインパクトの大きさを考えると、ある意味では革命的な出来事と言ってよいだろう

この新しいAI技術の登場に、IT企業各社は戦々恐々としていると言われるが、それはAIそのものの技術レベルについてではなく、ビジネス環境を一変させる可能性を秘めているからである。では、新しい対話型AIが企業内に浸透した場合、どのような事態が想定されるだろうか。

今まで何度も指摘されてきたことではあるが、AIの普及は仕事そのものを消滅させるのではなく、同じ仕事をより少ない人数で実施できるような作用をもたらす。

これまでは、何か一つの作業を遂行するにあたって、補助的な業務も含め多くの人員を必要としていた。ところが対話型AIをフル活用すれば、ごくわずかな人数で従来の業務を遂行できるケースが増えてくる。さらに言えば、組織内で豊富な経験を持ち、重宝されていたいわゆるベテラン社員の知恵についても、相当程度、AIに置き換えられる。若い営業マンが「どうすれば成約率を上げられるか?」と質問すれば、システムが多くの有益な回答を返してくれるだろう。

定型業務のスキルはほぼ無用に

AIの普及がビジネス環境を変えることは予想されていたことではあったが、新技術の登場によってそのペースはさらに加速すると考えて良い。では、こうした対話型AIを使ったビジネス環境が到来した場合、ビジネスパーソンはどう振る舞えば良いのだろうか。

米国のようにリストラクチャリングが活発な国では、大量解雇といった問題が生じる可能性が高い。一方、日本のような国ではドラスティックに解雇という流れにはなりにくく、企業内での余剰人員がさらに増えることが予想される。

日本企業は過去30年間、ほとんど賃金が上がっていない。付加価値が増えない中、企業内に一定以上の余剰人員を抱えていることが原因である。ここで新しいAI技術が普及すれば、企業内失業者がさらに増加し、生産性の低下が予想される。

一連の事態を回避するには、企業は余剰となった人員を、より収益の高い事業に振り向ける、あるいは新規事業に投入するなど、人員の社内再配置を進める必要がある。新規事業の開拓や既存事業のテコ入れといった分野において必要とされるのは対人コミュニケーション能力であり、そうしたスキルを持つビジネスパーソンであれば、AI時代においても十分に活躍の場があるだろう。

一方、定型業務の多くはAIを搭載したシステムにシフトし、それを動かすごくわずかな人員で基本業務が回るという図式になる。定型業務に関するスキルを持たなかった人材は、賃金下落などの事態に直面する可能性が高い。

加谷珪一(かや・けいいち)

経済評論家 1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。 野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『新富裕層の研究-日本経済を変える新たな仕組み』(祥伝社新書)、『教養として身につけておきたい 戦争と経済の本質』(総合法令出版)などがある。