政府が大金をつぎ込んでも成功しない「人型ロボット」 知られざる「デジタル赤字」がもたらす絶望的な未来 古賀茂明(AERAdot. 2024/06/18/ 06:00)
経済産業省が2022年7月に発表した「次世代の情報処理基盤の構築に向けて」というレポートがある。https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/joho/conference/semicon_digital/3siryou.pdf
その資料の6ページを見ると、情報処理の基盤は、2000年代まではメインフレームが中心で、01年のメインフレーム市場でのシェアは、日本が38.6%で首位、米国23.1%、西欧27.3%だったことがわかる。
その後、情報処理においてクラウドサービスが中心的な役割を占めるようになると、この市場では、20年に米国が60.2%のシェアを取り他を圧倒している。欧州21.9%、中国5.5%と続くが、日本はわずかに2.6%で、メインフレーム時代のシェアに比べて1/15。ほとんど存在感がないばかりか、追いつくすべが見つからない状況だ。
このまま放置すれば、当面の情報処理ビジネスの利益を失うだけでなく、将来にわたってこの分野での技術的な知見も失うことになると経産省のレポートは警告している。
こうした状況を反映して、日本企業や個人がGAFAMなどの米IT企業に支払う金額は急増している。この分野での収支はもちろん大幅な赤字で、これが急激に増えることは確実だ。これが今、「デジタル赤字」の問題としてクローズアップされるようになっている。
デジタル赤字5.5兆円の絶望的な未来
経産省の前述のレポート7ページによれば、30年のデジタル赤字は年間約8兆円まで拡大するとされていた。この予測は22年7月発表のものなので、ChatGPTが火をつけた生成AIフィーバーを反映していなかった。
そのため、経産省の予測は1年目から大外れとなってしまった。23年では、デジタル赤字が約2兆円と予測されていたのに実際には、2倍以上の5.5兆円に達したのだ。1年で2倍超も外れてしまうのだから、これが続けば、30年の赤字は100兆円単位になっても全く不思議ではない。少なくみても20兆〜30兆円になる可能性が高いと考えておくべきだろう。
日本の化石燃料の輸入額は約26兆円(23年度)だが、それを上回る赤字が発生し、国富の流出が止まらなくなるという深刻な状況に至るのだ。
これだけ考えても大変だなと感じるのだが、この先には、実はもっと大きな赤字要因が加わる可能性が指摘されている。
以下、スパコンや半導体分野で最先端を行くPEZY社の創業者である齋藤元章氏から聞いた話を私なりに解釈して紹介することにしよう。まずは、人型ロボット(Humanoid Robot)の話だ。
人型ロボットの世界では、SONYの「AIBO」やホンダの「ASIMO」などが一世を風靡した時代もあったが、今や見る影もない。
百聞は一見にしかずなので、このTHEAI GRIDが提供する動画「Top 10 NEW Humanoid Robots For 2024 (Tesla, Figure 01, Agility, Boston Dynamics and More)」を見てから以下の話を読んでいただきたい。
(今やこのような動画はネット上に溢れているが、日本のメディアでは詳しく報じられることは少ないようだ)
ロボットが必要不可欠なインフラになる未来
ロボットと言っても用途により、さまざまなタイプのものがある。その中で、人型ロボットには以下のような利点がある。
第1に、その構造が人体に類似していることにより、人が行うことを真似できれば、人と同じことができるようになる。
第2に、人が作業する空間は、人間の体が動きやすいように設計整備されているので、人型ロボットであれば、周囲の環境を大きく変えることなく導入できる。
第3に、第1と第2の特性を維持しつつも、例えば、関節の可動域を人間以上に広げたり、作動させる力を人間より強くしたりすることで、人間の能力を超える機能を持たせることが比較的容易である。
そして今、生成AIの技術が新たな段階、すなわち、文字数字情報ではない動画情報あるいは生の人間の動きそのものを使って学習できる段階に入ったことにより、人型ロボットが飛躍的な進化を始めている。
従来は、人型ロボットにソフトウェアで事前にプログラミングしたり、さらには、人の動きの情報をそのまま一つずつロボットに伝えたりすることで人間と同じ動作をさせることが行われてきたのだが、今日では、生成AIを使うことにより、例えば、ロボットがYouTubeの動画や実際に動いている生身の人間の動きを見て、自ら学び、それと同じ動きをするような学習をする時代になったのだ。さらに、失敗しても、自らその原因を発見し、完璧な動きに近づけるということもできる。
人型ロボットの進化は、驚異的なもので、近い将来、社会維持に不可欠なインフラとなっていくことが確実になってきた。今後人手不足が続く日本や中国などでは、とりわけロボットへの需要が高まるだろう。
世界人口より多くなるロボット
では、人型ロボットが急速に普及するとして、いったいどれくらいのロボットが必要になるのだろうか。
EV、スペースXなどで世界をリードする米テスラ社は、同社の人型ロボット「Optimus」に最先端AIを搭載して100億台生産すると発表している。世界の人口80億人より大きな数だ。
生成AIブームの火付け役のOpenAI社も24年3月に1000億円を調達したFigure社を含めて3社に投資するのと同時に自社でもロボット開発を再開した。ロボットが次の主戦場になると見直したのだ。
中国も2025年までに「上級レベル」の人型ロボットを大量生産する計画だ。中国政府は、人型ロボットが、スマートフォンと同様に「破壊的」なものになるとしている。
紹介した動画を全部見ていただくと、米中に比べて、どれだけ日本のロボットが遅れているかがわかる。さらに、中国企業が、最先端を走る米国企業と十分に競り合えるレベルに達していることに驚く方も多いだろう。
ここで、気になるのが、人型ロボット革命のためにどれだけの計算リソースが必要になるのかということだ。
前述の経産省のレポート8ページによれば、学習を1日で終わらせるのに必要な計算リソースは、通常の画像・映像認識ができるようになるためには10P(ペタ)~10E(エクサ)、自動運転の機能を得るための学習には1E、ロボットには1〜100Eが必要となるとされる。現状に比べて気が遠くなるような規模の計算リソースが必要だということになる。(キロが10の3乗、その上がメガ、ギガ、テラ。このあたりまでは日常用語になったが、ペタは10の15乗、エクサは10の18乗のことだ)
計算リソースを確保することは、言い換えれば、最先端の生成AI用のデータセンターを確保するということになる。
米国に劣る、”日本産生成AI”
しかし、日本では、米国に比べて生成AIを利用できる環境が極めて劣っている。
そこで、政府は、米国のTechジャイアントの生成AIデータセンターを国内に誘致したり、海外にあるデータセンターの利用枠を確保して日本企業に提供したりしているが、焼け石に水の状態だ。新たなデータセンターの建設には時間もかかる。
また、これら海外企業のデータセンターを利用すれば利用するほど外国企業への支払いが増えて、デジタル赤字が深刻化する。
政府は、日本企業による生成AI用データセンター建設にも補助金を出しているが、そもそも大量の最先端半導体が確保できないため、箱物建設ばかりで中が空っぽの状態が続いている。さらに、仮にこれらの計画がうまく行っても需要の急拡大のスピードには到底追いつけない。
生成AI用データセンターを自前で整備するには、大量の最先端半導体が必要だが、日本にそれをつくれる企業が存在しない。
そこで、2ナノレベルの最先端半導体を27年から量産するという触れ込みで作られたラピダス社には1兆円近い補助金が確保され、総額5兆円(さらに膨らむことは確実)と言われる資金を調達するために、政府が債務保証をするというアイデアまで出ている。
しかし、民間企業からの出資は全く増えず、わずか73億円しか集まっていない。関連企業のほとんどが失敗すると見ているのだ。
先週、経産省の官僚OB2人と食事をする機会があったが、悲しいことに、この計画は絶対に失敗するということで一致した。
半導体・生成AIと人型ロボット両方の市場で出遅れた日本は、追いつこうにも、そもそも必要な計算リソースを確保することが難しいので、今後は、半導体やロボットの部品や材料を生産することでしか儲けることができなくなるだろう。
新たな産業のヒエラルキーで最下層から中間層に押し込められることを避けるには、少なくとも米エヌビディア社のように最先端半導体の設計開発をできるようにならなければならない。
ラピダスは最先端半導体の製造を手がけることになっているが、台湾や米国の後追いをするだけでは、追いつこうとしている間に相手の方が速く先に行ってしまうので、絶対に追いつけないのは明らかだ。
日本は「ハイブリッド赤字大国」になってしまうのか
このままでは、デジタル赤字に加え、大量の人型ロボットを輸入せざるを得なくなることによる「ロボット赤字」も加わり、日本は「ハイブリッド赤字大国」に転落して、そのまま沈んでいくしかないという真っ暗な未来が見えてくる。
しかし政府は、どうして良いのかわからないので、とにかくありったけの金を思いついた全ての分野に注ぎ込むという無謀な作戦を展開しているが、その先は全く見えない。
我々がはっきり認識しておかなければならないのは、打開策が見出せないほど深刻な事態に陥っているということ。
それを警告しておきたい。
と書いたところで本稿を終えようと思ったのだが、それだけだと何とも悲しいので、一筋の光明が見えてきたということもお伝えしておくことにしよう。
最近開発された全く新しい、データセンター(そこで使う半導体)の水浸方式(水冷方式ではない)の冷却技術により、半導体製造の技術構造を根本から変えるプロジェクトが進行中だ。さまざまな事情で、これまで陽が当たってこなかったが、今般、世界最高峰と言われる公的な半導体研究機関が(名前はまだ公開できないそうだ)、開発された新技術にお墨付きを与えて、近々発表するという情報がある。それが、驚くことなかれ、日本のある新興企業の技術なのだ。発明したのは、前述の齋藤元章氏である。
これが発表されれば、世界の目がこの新しい技術に集中するのは確実だ。この技術がどう画期的なのか、そして、これによりどのように半導体製造の構造が根本から変わる可能性が高いのかについては、この技術のお披露目が済んでから解説することにしたい。
(待ちきれない方は、少し時間がかかるが、こちらの動画をご覧いただきたい)
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古賀茂明(こが・しげあき)
古賀茂明政策ラボ代表、「改革はするが戦争はしない」フォーラム4提唱者。1955年、長崎県生まれ。東大法学部卒。元経済産業省の改革派官僚。産業再生機構執行役員、内閣審議官などを経て2011年退官。近著は『分断と凋落の日本』(日刊現代)など