日本が「もしトラ」を逆手にとり、世界の安全保障を圧倒的にリードする方法(DIAMOND online 2024.3.20 12:00)
木俣正剛:元週刊文春・月刊文芸春秋編集長
トランプ再選に戦々恐々 日本に突き付けられた安全保障リスク
「もしトラ」(もしトランプが再び大統領に当選したら)が話題です。一編集者の私が世界の未来を論じるのは僣越なのですが、「もしトラ」の最大の問題は「トランプ氏が大統領に再選されると日米安保を破棄しかねない」という懸念があるということですから、少しはこれまでの取材経験が生きるのではないかと思って、対応策を考えてみました。
日米安保なしの日本は孤立します。それは、戦後の日本を建て直した人々に聞いた話がヒントになります。私は文春時代、瀬島龍三氏、中曽根康弘元首相、佐藤栄作元首相など多くの古老に話を聞きました。その中でも、沖縄返還の陰の立役者である末次一郎氏(一般にあまり知られていないので、彼のことはあとで詳しくお話しします)の回顧談が一番参考になると思います。
彼は私に沖縄返還の実態を詳しく話してくれました。「沖縄返還は、日本人全体で米国に圧力をかけたことが成功の理由です。社会党はソ連寄りでしたが、沖縄返還運動時は、保守系の返還派から社会党にお願いして、全国で強烈なデモを繰り返してもらった。沖縄を返還しないと日本が赤化するという恐怖感を米国に与え、米国はその恐怖に怯え、佐藤総理が最終的に訪米して返還を実現させた。当時の日本は弱小国。こんな腹芸をしないと生き残れない時代でした。弱者の恐喝です」
前回のトランプ政権も「日米安保のため、もっと多くの犠牲を払え」と要求してきました。では、彼の言う通りにしても、台湾や尖閣が中国に侵略されたとき日米安保を発動するかどうか、トランプ氏の普段の言動を見ると安心できません。
かと言って、日米安保がなければ、日本は中国、ロシア、米国と海を隔てて3つの超軍事大国と相対することになります。ですから、日米安保は堅持しなければなりませんが、米国に「日本は脅せばすり寄ってくる国だ」と思わせないことが、本気で日本を守る行動をとらせるために重要です。そのための対策を考えてみましょう。
“トランプ大統領”をけん制する「3つの対策」
【対策1】
「日本維新の会」など、右派政党に日本の核武装を主張させます(本当は核ミサイル搭載の原子力潜水艦を有することを主張するのが効果的です9。*これはあくまでもポーズです。
【対策2】
NATOとの接近を図ります。トランプ氏が再選すれば、ロシアのプーチン大統領と簡単に手を結び、ウクライナへの武器や金銭的支援を減らそうとすることは確実なため、NATOは怯えています。実際、東京にNATOの事務所を置くという計画もありました。
ただ、NATOは所属する1カ国が攻撃されれば、全ての加盟国が参戦する仕組みなので、日本がこれに加盟することはリスクが有りすぎます。かつての日英同盟は、一方の国が2カ国以上に攻撃されれば参戦するという条件でした。同様に、「旧ソ連圏」以外の国も参戦した場合(中国の可能性が高いです)、日本も参戦するという態度をとるのはどうでしょうか。
【対策3】
QUAD(クアッド)を組むオーストラリアやインドにも、この提携に加わってもらえば、米国なしでも対中国に対する相当な圧力になります。こうなると、慌てるのは米国です。トランプが望んだこととはいえ、米国は孤立主義に逆戻りし、米国の一国覇権体制は大きく崩れるからです。
さて、ここからが交渉の正念場です。米国に本気で同盟強化の提案をするのです。そのための条件は、第一に日米地位協定の破棄、第二に横田空域の破棄(米空軍が横田基地上空の航路を独占し、日本の民間機は遠回りして国内の飛行場に飛んでいます)です。
この2つは日本が独立国として当然要求できるものですが、今まで強気に出られなかったのは、日米安保が片務条約であり、日本が攻められたら米国は守るものの米国が攻められても日本に参戦の義務はないという都合のいい条約だったからです。一方的な責任を負う以上、米軍に譲歩もすべきだという考えだったのでしょう。
しかし現実に、米国が今戦争をするとしたら、台湾に侵攻した中国に対してだけです。「そうなったときに米国が中国に攻められたら日本も参戦する」と、一歩踏み込んだ条約にします。実際に台湾侵攻は宮古島や八重山諸島への中国の攻撃、沖縄の米軍基地への攻撃が確実に予想され、日本も戦わざるをえないのですから、もうハッキリと仮想敵国を決めた条約にすべきなのです。日米がそこまで強固な同盟になれば、逆に中国はそう簡単には手を出せません。
沖縄返還のキーパーソンに学ぶ 不利を有利にする「対等外交術」
最後に残るのが沖縄問題です。トランプ氏は政治家ではなく商人だとよく言われます。ならばトランプに対しては、戦後の米国に対する沖縄と横須賀の金銭的貢献を計算し、その数字を示すべきです。
ベトナム戦争も朝鮮戦争でも、沖縄の基地が爆撃機の基地に使用されました。米空母が西太平洋で完全に修理可能な基地は横須賀だけです。北爆、朝鮮戦争、湾岸戦争、イラク戦争など、米国の戦争に両基地がなければ、グアムかハワイしか使用できず、爆撃機は故障や戦闘による破損で途中墜落して、損害は倍加し、死傷者は倍増したはずです。
いかに日本が米国にとって必要な国であり、必要な基地であるかを認識させる。そのためには、沖縄では独立運動や中国に帰属したいという民間の運動を裏で煽動するなどして、米国にプレッシャーをかけます。
前述した末次一郎氏はまさに、こんな手を使いました。彼は陸軍中野学校出身。戦後、在留邦人の日本への引き揚げや、BC級戦犯の早期解放運動で成果をあげ、保守派政治家やライシャワーなど米国の知日派、米軍との人脈を築きました。沖縄返還運動で沖縄大衆党など野党との信頼関係もあります。
世界の要人や学者との人脈を築き、何度も米国の著名人を招待して沖縄問題のシンポジウムを開き、米国全体に日本には沖縄返還への強い意志があることを認識させるとともに、日本での沖縄返還デモの強烈さを見せて、知日派の米国人を味方につけました。
民間、野党、米官僚・政治家・軍人の友人を使い、彼らと親しくなった上で、返還には強気の姿勢で望んだのです。「もしトラ」の場面では、安倍流の「ただ言うことを聞くだけ」の作戦は通用しません。トランプ氏に対しては、米国なしでも生きていく気概を見せた上で、対等の立場になるための交渉をする。これが、「もしトラ」の対応策です。
「もしトラ」対策では、中国との綱渡り外交も覚悟
「もしトラ」対策を万全にするためには、一方で中国への対策も必要です。トランプ氏が台湾を救援しないという疑念がある以上、日本にとって中国は危険な軍事大国であり、逆に経済的にはますます重要な国になるからです。
中国は習近平政権になって、数々の失敗を犯しました。第一の失敗は、不動産など経済政策の失敗。中国が経済破綻すると日本経済も大きな影響を受けます。バブル破綻のときの経験を、民間人を中心とした経済外交で徹底的に指導する。これは中国に有益でしょう。
第二の失敗は香港の大陸吸収です。これによって、英国はじめ欧州が疑念を募らせ、一帯一路戦略は破綻しました。大陸中国に投資するリスクを回避して香港に投資されていた外貨が、シンガポールに移りました。もはやアジアの金融センターは香港ではなくなったのです。
そして第三の失敗は、国家安全法を拡大化して外国人が在留するリスクを大きくしたことです。以上3つの失敗は、中国経済の未来を不透明にし、外資が投資される可能性を減らしました。
日本はこれに乗じるべきです。末次一郎方式で、国が中国対策をする必要はありません。沖縄県知事が台湾に行き、台湾に亡命している香港の若者を沖縄で受け入れ、特区を作って、自由に動けるように工作するのも一つの手段です。香港の大金持ちの海外資産を沖縄に蓄積させるのです。実際、香港のジャンヌダルクと言われる周庭さんがカナダに留学生として出国したように、中国はまだ香港からの亡命に本当の厳しい措置をとっていません。
沖縄県自体が積極的な応援をしなくても、先人はいい教訓を残してくれています。明治期、アジアの国々が植民地化されている時代、全くの民間人である宮崎滔天が、中国革命の父・孫文や、フィリピン独立の志士・エミリオ・アギナルドを日本で匿いました。日本と米国は、韓国とフィリピンをお互いの領分とする秘密協定を結んでいたので、日本がアギナルドを公に守ることはできません。民間人が、多くの反植民地、独立運動の運動家を養い、守り、亡命させることに奔走しました。
彼の功績は日本より海外で評価されています。当時の教訓を生かし、秘かに政府が後押しし、中国の自由化を担う人材を日本で匿う仕組みをつくり、習近平の弱点を握っておくのです。
「海外警察」という、国外で中国人を取り締まるとんでもない秘密警察を作ったことも失敗だったと、中国に悟らせることが必要です。パスポートの名義が外交官であっても、空港で中国人入国者と出国者の写真は撮影することができます。すべて顔認証にかけられるようにして、徹底的な海外警察官狩りを行い、不法に逮捕拘禁されている日本人との交換交渉を行うなどして、日本は侮れないという印象を中国の脳裏に焼き付けるのです。
今の日本で軍備を増強しようにも、自衛隊員になる若者さえ少なすぎます。自衛隊はまだ軍隊ではないので軍事法廷はなく、敵前逃亡罪さえない状態です。自衛隊の実際の戦闘能力にはかなり疑問があります。まずは必ず起こる震災を仮定し、憲法の緊急付帯条項で私権制限の壁を撤廃し、将来的に中国の台湾侵攻など国家存亡の危機が生じた場合は、その緊急事態が戦争状態も含むと代替で解釈できるように、今から法律を整備していくことも必要です。
ウクライナ戦争後が日本の強国化を実現するチャンス
さて、最後に重要な点に触れます。前述のように、トランプ氏の再選でウクライナへの武器・資金援助が途絶えることがきっけかとなり、ウクライナがロシアと停戦した場合、国連監視軍には日本も必ず参加して、かつての北方領土で起きたような、占領地域におけるロシアの身勝手な横暴を防がないといけません。
そして、国連の解体と新国連の成立をグローバルサウスとも連携しながら進めることです。中国・ロシアが安保理常任理事国であり、拒否権が発動できる以上、国際社会ではどんな無茶な要求も通ってしまうことが、ウクライナ戦争を通じて改めてわかりました。「紛争の当事者国はたとえ常任理事国であっても拒否権は認めない」という条項があれば、ウクライナ戦争で国連軍を結成することができ、ロシアによる虐殺を防ぐことができたでしょう。
ガザの例も同じです。今こそ、国連軍に日本が参加するということを目玉に、国連改革を主張するいい機会です。「もしトラ」を恐れているばかりではいけません。むしろそれを逆手にとって、黒船来航以来となる日本の近代化、強国化のきっかけにする術を国民全体で考えましょう。
(元週刊文春・月刊文芸春編集長 木俣正剛)