これから頭のいい人と悪い人の格差はさらに広がる…和田秀樹「AI時代こそ学力が求められる当然の理由」(PRESIDENT Online 2024/03/03 6:00)
AIを使いこなすための勉強をしているか
和田 秀樹 精神科医
AI時代を生き抜くには何が必要か。医師の和田秀樹さんは「情報化社会では基礎学力の有無により『頭のいい人』『悪い人』の格差が拡大する。それはAIの浸透した時代でも同じで、言ってみれば誰もが『ドラえもん』を持つような時代になると、『こんなものを出してほしい』という『のび太』のように発想力のある人の価値が高まる」という――。
※本稿は、和田秀樹『頭がいい人の勉強法』(総合法令出版)の一部を再編集したものです。
情報化社会は「頭のいい人」「悪い人」の格差が拡大
AIの時代になれば、「大半の知的作業はAIが代行してくれるので、勉強はいらなくなる」という見方がありますが、本当にそうと言えるでしょうか。
インプットできる知識の量においては、人間はとうていAIにはかないません。単なる「物知り」では意味がない時代になることは確かです。
すでに、インターネットの検索ひとつで大量の情報を瞬時に得られるようになりました。知識量そのものはほとんど意味をもたなくなっています。だからといって勉強していないと、検索して出てきた情報を読んでも理解できないという問題が起こります。
私たち医師がネットで検索した医学論文を読んで理解できるのは、医学の用語をたくさん知っていたり、医学的な知識を持っているからです。医学の勉強をしたことのない人にとっては、どんなに優れた論文でもあまり理解することは困難でしょう。
慶應義塾大学の文学部の入試では、英語の試験で辞書の持ち込みが認められています。「それなら単語を覚えておく必要がないので、楽勝だ」と思うかもしれませんが、3ページほどにもわたる難度の高い英文を読んだ上で、その内容をしっかり理解していなければ解答できません。
もともと英語ができる人は、本当にわからない単語だけを辞書で確認すればいいので、辞書を持ち込むことによって、より確実に英文を読みこなすことが可能になります。しかし英語ができない人は、1行にいくつも出てくるわからない単語を、いちいち辞書で引いているだけで時間切れになってしまいます。
その結果、もともと90点の力がある人は100点をとれる半面、30点の力しかない人は1点もとれないということが起こります。
情報化社会になるほど、勉強しなくてよくなるのではなく、勉強している「頭のいい人」と「頭の悪い人」の差がさらに拡大するのです。
基礎学力というものはどんな時代にも不可欠
イギリスでは1980年代に、これからは誰もが計算機を使う時代になるからと、学校で計算は教えずに応用問題ばかりを解かせる教育に転換しました。すると、深刻な学力低下が起こり、応用問題がますますできなくなったということがありました。
逆に19×19までのかけ算を覚えさせるインドからは、次々と優秀なIT技術者が輩出されています。
やはり基礎学力というものは、どんな時代にも不可欠なものです。
かつてインドで、オオカミに育てられた少女が発見されたという話がありました。その少女は生涯、簡単な文を話す程度の言語能力しか獲得できなかったと言われています。
このオオカミ少女の話自体は創作であるとも言われていますが、おそらく実際に人間がある程度の時期まで何の勉強もしていなかったとしたら、人間という種に生まれていても、その知能は発揮できないだろうと思います。
どんな時代にも一定の勉強をしていなければ、生き抜くのは困難です。AI時代になれば、AIを使いこなすための勉強をしているかどうかによって、先行きが大きく変わる可能性があります。
「AI時代になれば、東大に入るような学力は必要なくなる」という見方をする人もいますが、私はむしろ、AI時代のほうが学力による格差の大きい社会になると思います。AIを使いこなせる能力のある人、あるいは貧乏人をだませる能力のある人がさらに格差の上位に立つという、厳しい社会が到来すると予想しています。
安泰な職業はなくなる
近い将来、AIやそれを搭載したロボットに、人間の仕事が大量に奪われると予測されています。
たとえば税理士の仕事は、すでにAIの会計ソフトを使用すればほとんど処理できるようになっています。では、それで税理士が軒並み失業するかというと、話はそう単純ではありません。
それまで手作業で行っていた業務の大部分をソフトで処理できるということは、一人ひとりの税理士にとってみれば、より大量の業務を請け負うことが可能になったということです。すると、たとえば営業能力が高い税理士は、これまでの何倍もの顧客を囲い込むことができるようになります。
一方で、そのような能力に乏しい税理士は、これまで以上に有能な税理士に仕事を奪われることになるのです。
医師や弁護士の世界でも、医療データや判例をAIに読み込ませて、診断や訴訟業務の大部分を任せられるようになれば、同様のことが起こってくるでしょう。今後は、ありとあらゆる職業において、「できる人」と「できない人」の差が大きくなるはずです。
すでにそれがかなり進んでいるように見えるのが、歯科医業界です。歯科医といえば、昔は高収入の代名詞的な職業のひとつでしたが、いまは生計を立てられるかどうかという歯科医も少なくありません。その一方、優れた経営センスで審美歯科のクリニックなどを展開し、億万長者になっている人もいます。
AIの時代になっても、AIをうまく利用できる才覚のある人や、AIを管理する立場に立てる人は、これまでの5倍、10倍の仕事や収入を得ることができるでしょう。しかし、AIに代替可能な仕事しかできない人たちは、いまの格差に厳しい社会がそのままである限りは首を切られることになると予想されます。
日本の未来は楽園か、超格差社会か
AI時代の日本がどうなるのか、考えられる未来予想図は2つあります。
ひとつは、誰もが労働から解放される「楽園」です。多くの人がAIに仕事を奪われる代わりに、ベーシックインカムが導入されて、すべての人に最低限の所得が保証され、働かなくても食べていける未来です。
労働はすべて奴隷に任せて(女性は働かされていたようですが)、市民は哲学的思索と議論だけしていればよかった古代ギリシャのようなものです。しかもその奴隷が人間ではなく、AIを搭載したロボットになるわけですから、人道的と言えるでしょう。
もうひとつは、AIの上に立つ人間と、AI以下の働きしかできない人間の格差が残酷なまでに拡大する「超格差社会」です。
実は、バブルがはじける前の日本は、前者に近い社会でした。当時の日本は、オートメーション化により工場の生産性が世界でもっとも高い国でした。同時に従業員の終身雇用が普通でしたから、業務の機械化が進むほど従業員はラクになったのです。
しかし1990年代後半以降、機械化で余った労働力はリストラの対象とされるようになりました。そして格差が広がってきたのです。
地上波6局が同じ内容を流す背景に情報操作
さて、これからの日本は「楽園」と「超格差社会」、どちらの未来へと進むのでしょうか。
私は後者だと予想しています。私はこの国の将来に関してきわめて悲観的です。すでにお話ししたとおり(第4回「情報力を磨かなければ命を落としかねない…医師・和田秀樹『バカほど搾取される日本の構造』」)、この国の多くの人がテレビに洗脳されているからです。
そもそも、地上波のテレビ局がたったの6局しかなく、それ以上は増やさないというガチガチの規制をしている国は、世界の先進国では日本くらいです。
その6局すべてがニュースで同じことを言っています。それを聞いて、多くの人は「どこも同じことを言っているのだから、本当のことなんだろう」と認識します。
しかし、ある程度の情報リテラシーがあれば、「全局が同じことを言っているということは、すなわち情報操作されている」と考えるのが自然です。警察の記者クラブから発表されたことを、全局がそのまま流しているということです。
局の収入が同じなのに、取材をすればするほど、取材経費がかかるのですから、自分たちの年収を守るためには、記者クラブ情報を垂れ流したほうが、得だからです。
だからこそ、冤罪の可能性が濃厚な容疑者に対して、弁護士側への取材もないまま、極悪非道の罪人と決めつけた報道が全局で盛んに流されるということが起きるのです。
地上波のテレビ局が絶対に流さない「本当のこと」
最近はインターネットテレビ局も勢いをつけてきているとはいえ、現在のところはまだまだです。私がもしネットテレビで番組をつくるとしたら、地上波のテレビ局が流さない「本当のこと」がわかるニュースショーを企画すると思います。現時点では、そのようなYouTubeを続けています。影響力はまだまだですが。
たとえば、韓国や台湾ではパチンコの換金は法律で禁止されているということを、どれだけの人が知っているでしょうか。日本では、これを口にするとテレビのコメンテーターを干されるので、誰も口にしません。
日本はテレビによって、「情報鎖国」と言っていい状態になっています。この状態が続く限り、たとえ将来、海外でほとんどの国がベーシックインカムを導入したとしても、その情報は多くの日本人の耳には届かないはずです。
そして、テレビが扇動する「働かざる者食うべからず」の論理にしたがって、「AIに代替されて失業した人は自己責任」という世論が形成されていくでしょう。
最終的に、他国がベーシックインカムで暮らせる国になっても、日本だけは失業者は自己責任で、生きるためには「殴られ屋」か売春婦にでもなるしかない国になると思います。
AI時代の「負け組」の末路
生活保護費の対GDP比率が、OECD加盟国中で最低レベルであるにもかかわらず、生活保護費を出し過ぎているとテレビが報じ、コメンテーターが同調して受給者バッシングが起きる国ですから、そうなるのは必然とも言えます。
AIによって失業した人が、路頭に迷ってうろうろしていたら、「勝ち組」の人間から「1000円やるから一発殴らせろ」と言われる。
食べるために言うことを聞いて、大けがをさせられ、本来なら傷害罪で訴えることができるのに、法律を知らないために「金を払っているから示談が成立している」と丸め込まれる。
挙句の果てに「まさか生活保護を受けて、俺たちの税金で食う気じゃないだろうな?」と恫喝どうかつされる。それがAI時代の「負け組」の末路です。
ものを知らないと、どこまでもみじめな目に遭い続けることになります。生活保護は本来、憲法で守られた国民の権利ですし、消費税が導入されて以来、税金を払っていない人はほぼ皆無です。にもかかわらず、「勝ち組」の振りかざす論理に反論できず、言いなりになるしかありません。
アメリカなら失業しても、対GDP比率で日本の3倍近い生活保護費が支給されている上に、うなるほどある寄付財団が救いの手を差し伸べてくれます。イスラムの国では、ラマダン(断食月)の時期には貧者に対して積極的に寄付や施しが行われます。
これほど弱者や貧しい人に厳しい国は、日本しかないと言っていいくらいです。この国では、「勝ち組」にならないと大変なことになります。唯一の救いは、多くの人が勉強していないので、少し勉強するだけで「勝ち組」になれることです。
求められるのは「ドラえもん」より「のび太」
AIが人間に代わってほとんどのことを行うようになる。それは、言ってみれば誰もが「ドラえもん」を持つようなものです。
自分では働かない「のび太」が、ドラえもん=AIに「これが欲しい」と要求すれば、それで何でも済んでしまうということです。
しかし、『ドラえもん』という物語において、重要な役割を果たしているのは、何でも出せるドラえもんより、むしろのび太のほうです。もし、のび太がつまらない人間だったら、あの物語は成立しません。「こんなものを出してほしい」というのび太のリクエストがユニークだからこそ、話が面白くなるのです。
AIの時代に価値が高いのは、要求に応じてものをつくる「ドラえもん」的な人よりも、「これをつくれ」と要求する「のび太」的な人です。
IT時代にその最初の体現者と言っていいのが、スティーブ・ジョブズです。彼が自分自身はITオタクでも技術者でもないのにアップルを創業して、大成功を重ねてきたのは、「こんなものをつくってほしい」と思いつく、自分のその発想力に自信を持っていたからです。
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和田 秀樹(わだ・ひでき) 精神科医
1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。ルネクリニック東京院院長、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。2022年3月発売の『80歳の壁』が2022年トーハン・日販年間総合ベストセラー1位に。メルマガ 和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」
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