アインシュタインも悩ませた「量子もつれ」とは?

アインシュタインも悩ませた「量子もつれ」とは? 科学・技術

アインシュタインも悩ませた「量子もつれ」とは?(Meiji.net 2023年2月22日)

楠瀬博明 明治大学 理工学部 教授

2022年のノーベル物理学賞は、「量子もつれ」を実験的に検証し、量子情報分野を創始した研究者3人に授与されました。量子力学は非常に難解な学術分野ですが、ここでの研究成果が現代の半導体技術の源流であり、超伝導技術や将来の量子技術にも繋がっています。

粒子と波の性質をもつ量子

量子は難解な概念と思われがちですが、それは、そもそも、量子が日常の経験とはまったくかけ離れているからです。

一般に、量子とは、電子や陽子、中性子など、私たちの目で見ることができない非常に小さな粒子全般を指すことと思われています。しかし、それは単に小さいだけでなく、「粒子」と「波」の二面性をもっているものを意味しています。

例えば、分子などはビー玉のような球体を使って表すことも多いので、分子を粒子状にイメージしている人は多いと思います。そうしたビー玉状の粒子は、例えば、転がっていって、別の粒子とぶつかると、それぞれ別の方向に弾け飛びます。

一方で、光とか音は波状に描かれることも多いので、波動というイメージをもっている人が多いと思います。そうした波は、ぶつかると、粒子のように弾け飛ぶのではなく、互いの勢いを強めたり、弱めたりしあいます。

実際、音を重ねて大きくしたり、逆に、音で音を打ち消す技術があります。つまり、波はぶつかって弾けるのではなく、干渉するということです。

私たちは、粒子と波の性質は、まったく異なるものと、日常で見たことや経験から区別しています。

ところが、量子の世界では、同じものが、あるときは粒子の性質を見せ、あるときは波の性質を見せるのです。そのようなものを「量子」と呼びます。その奇妙な性質を端的に表すものとして「二重スリットの実験」があります。

平面の板にふたつの隙間(スリット)を開け、離れたところからたくさんの量子を打ち込みます。それが粒子であれば、隙間をすり抜けて直線的に進んだものが板の後ろの壁に当たり、隙間と同じ模様を描くはずです。

ところが、実際には、壁に縞模様が広がるのです。それは、量子が波のように隙間をすり抜けて広がり、干渉しあい、強弱がついたことを示しています。縞模様を作り出している、壁にぶつかった量子ひとつひとつは粒子なのですが…。

では、ミクロの世界では、量子は常に波の性質を示すのかというと、実は、そうではないのです。非常に不思議なことに、量子がどちらのスリットを通っているかを調べると、干渉効果は失われて、壁に描かれる模様は粒子のような結果を示すのです。

粒子が現れたり波が現れたりする現象は理解しがたく、気持ち悪さが残ります。しかし、私たちの理解のしやすさに合わせて自然法則ができているわけではありません。世界が量子からできている以上、私たちが住んでいる世界は、量子の自然法則にしたがうことになります。

実際、現代エレクトロニクスを支える半導体技術は、量子力学を源流としています。そして、次世代を拓く様々な技術も、量子力学から生まれる可能性が高いと考えられます。

超伝導も、量子による不思議な現象

量子の世界の奇妙さは、他にも様々あることがわかっています。例えば、2つのもつれた関係にある量子は、一方の状態に応じて、他方が決まった状態になる、という「量子もつれ」現象があります。

一方が「上」他方が「下」という状態と、一方が「下」他方が「上」という状態がもつれた状態が量子の世界では許されます。一方の状態は「上」にも「下」にもなりえます。

この「量子もつれ」が奇妙なのは、例えば、一方と他方が宇宙の大きさくらい離れていても、もつれた状態を保つことです。そのため、一方が「上」であることを確かめた瞬間、宇宙の大きさくらい離れた他方の状態が「下」であることが瞬時に分かってしまいます。

この現象は、アインシュタインも悩ませました。彼の相対性理論によれば、光の速さより早く伝わる情報などはないからです。そのため、アインシュタインは、「量子もつれ」を不気味な遠隔作用と呼びました。

しかし、自然法則は、理解のしやすさや受け入れやすさで決まっているのではなく、実験事実に支えられたものです。実際、「量子もつれ」の存在を実験的に検証することに成功したアスペ、クラウザー、ツァイリンガーの3人の研究者に、2022年のノーベル物理学賞が授与されています。

つまり、私たちの日常的な体験では理解できないこと、哲学的に受け入れがたいことでも、なんらかの自然法則にしたがって実際に起きることがある。その顕著な例が量子の世界なのです。

「量子もつれ」とは

非日常的な量子の世界は、あるきっかけで日常に顔を出すことがあります。そのきっかけとなるのが相転移という現象です。これは、温度や圧力などによって、物質の相が変わることです。私たちの身のまわりで言えば、液体の水が固体の氷になったり、気体の蒸気に変わる現象です。相が変わると、その物質を構成する分子は変わらないのに、性質が変わることも私たちは知っています。

この相転移によって、量子の世界が日常生活に現れることがあります。例えば、-200℃というような超低温で電気抵抗がなくなる、超伝導という現象がそうです。

多くの人は、電気の流れを、銅線の中を電子という粒子が流れていて、ときどき粒子同士がぶつかるので、それが電気抵抗になる、というようなイメージで捉えていると思います。

ところが、量子である電子は、波の面を見せることがあるのです。金属の中で相転移が起こり、電子全体が一斉に同じ運動をする状態になると、波がそろってきれいなマクロの波ができます。そのため、ぶつかっても波が壊れることがなく、電気抵抗が生じない。これが超伝導という現象で、レーザー光線に似たような状態になっているのです。

ここで重要なことは、相転移という現象が、非日常な量子の世界を日常的な世界にもたらしたという点です。世の中には、知らない現象がまだまだたくさん潜んでいて、それらが新しい相転移によってあぶり出されてくるのです。見つかった現象をどのように利用するのかは、人次第です。うまく利用できれば、世界が一夜にして変わるかもしれません。

不完全で多様な世界が面白い

そういった意味で、いま、私が注目しているのが、ミクロな世界の「カイラリティ」です。

カイラリティとは、鏡映しの関係を指します。つまり、構成要素は同じなのに、その立体構造が重ならないもののことです。例えば、右手とそれを鏡に映した左手は、立体的に重なりません。実際、カイラリティの語源は「手」を表すギリシャ語です。化学分野ではキラリティとも呼ばれます。

その構成要素は同じなので、自然界には、右手系と左手系が同数程度あっても良いはずです。ところが、なぜか、一方のキラリティに偏っている分子が多く見られます。そのことをホモキラリティと言います。

例えば、アミノ酸にはD体とL体があり、右手と左手のような関係になっています。ところが、生物はL体のみで構成されていて、糖類はD体のみでできています。その理由は、まだ解き明かされていません。

生物がホモキラリティの性質を持っていることは産業利用においても、とても重要です。例えば、グルタミン酸はL体のみ旨味を与えることが知られています。また、右手と左手を取り違えると良薬が劇薬になる恐れもあります。こうしたことが起こらないようにするためには、片方の手を選択的に合成することが必要で、非常に活発な研究が行われています。

さらに、分子だけでなくカイラリティをもつ固体結晶でも、電気や磁気特性、光学特性を相互に変換できることが分かってきました。たとえば、カイラリティを応用することによって、わずかな温度差を電気や磁気に変えたり、その特性を光によってコントロールするといった技術も期待できるのです。

カイラリティのように、お互いに関係はしているけれども違うもの、という性質を扱う考え方が、対称性とよばれるものです。実は、対称性と相転移には密接な関係があります。つまり、相転移が起こると対称性が変化するのです。例えば、水が凍って氷になると、形が生まれます。つまり、特別な「向き」のなかった水が、カドのある氷になるわけです。それと同時に、物質の性質、たとえば「硬さ」が変化します。

実は、私たちが住んでいる宇宙も、過去に何度か相転移を起こして、いまの状態になっている、という考え方があります。つまり、原始の宇宙の対称性の高い相では、自然界の力はひとつで区別はなかったと考えます。そして、宇宙が冷えて相転移を起こすたびに、対称性が低下して力の性質が分化し、現在の宇宙のような「強い力」「弱い力」「電磁気力」「重力」の4つになったと考えるのです。つまり、「電磁気力」も「重力」も源は同じだと言うわけです。一方で、いまの宇宙がさらに相転移を起こせば、また、違った力が現れたりするのかもしれません。

すべての力がひとつに統一された原始宇宙の世界は、言わば、完全な球体のように非常に「対称性が高い」整った美しい世界です。そこに相転移が起こったことで、完全さが失われて力が分化することで異なる役割を担うようになり、電磁気力や重力といった多様性と機能性が生まれたとも言えます。

整った形が不完全になると多様性が生まれ、さまざまな機能性を獲得する。もし、皆さんの両手が球体で右手と左手の区別もなければ、どのような世界になっているでしょうか?このような空想をしてみると、不完全な世界のほうが断然面白い、ということが実感できるのではないでしょうか。

皆さんも、当たり前と思えることを、ときには、いつもとは違う見方で見たり、わからないことを不思議がって、面白おかしく考えたりしてみてください。そうすることで、様々な可能性が生まれたり、まったく異なると思っていた事の間に神秘的な共通性が見えたり、突然、新たな世界が開ける、ということがあるかもしれません。

楠瀬博明(Hiroaki Kusunose) 明治大学 理工学部 教授
研究分野・・物性理論、磁性、超伝導、強相関系
研究テーマ・・量子物質における電気・磁気・構造の相関効果とカイラリティ