トラックから鉄道貨物へ、進む「モーダルシフト」が「2024年問題」の救世主にはなれない、3つの理由(東京新聞 2024年2月27日 12時00分)
最近、一部商品の輸送手段について、トラックから鉄道に転換するメーカーの動きが報じられる。トラック運転手の不足が懸念される物流の「2024年問題」への対応策だという。「モーダルシフト」(modal shift)と呼ばれる取り組みだ。政府は鉄道貨物量の倍増という大きな目標を掲げ、この転換の推進を図るが、狙い通りにいくだろうか。(宮畑譲、安藤恭子)
物流の2024年問題
トラック運転手の時間外労働が4月から年960時間に規制され、人手不足、輸送力低下が懸念されている問題。2015年と比べ、30年には、荷物の約35%が運べなくなるとの試算もある。長時間労働や低賃金のため、運転手のなり手が不足し、高齢化している状況も背景にある。政府は解決の柱として「商慣行の見直し」「物流の効率化」「荷主・消費者の行動変容」の3つを挙げる。
鉄道輸送量4倍増で、CO2は年900トン削減見込み
大阪城の南方約5キロにあるJR貨物の百済(くだら)貨物ターミナル駅(大阪市)。今月21日、食品飲料会社・ネスレ日本(神戸市)とJR貨物グループが、定期輸送を開始した記念式典を開いた。
ネスレ日本は、静岡県島田市にある工場から関西へコーヒー飲料を運んでいる。そのうちトラックで運んでいた1日約200トンを鉄道輸送に切り替え、駅を保管拠点として活用する。これにより、24年の鉄道輸送量は23年の約4倍に増える予定で、二酸化炭素(CO2)を年約900トン削減できる見込みだという。
「2024年問題」に対応し、多様な輸送手段を確保することが目的で、ネスレ日本の深谷龍彦社長は式典で「持続可能なサプライチェーン(供給網)の構築に取り組む」と述べた。
自動車メーカー・スズキ(浜松市)は昨年4月、部品などの鉄道輸送を強化するため、従来より大きい鉄道輸送用コンテナを導入。静岡県から福岡県への輸送でこのコンテナを使い、鉄道による輸送量を増やした。飲料メーカー・サントリーも別の企業と鉄道コンテナを共有し、輸送量が多い方が片道ずつ貨物を載せるなどして、鉄道輸送への移行を進めている。
北海道から九州までつながった新幹線の輸送網
鉄道による貨物輸送は、貨物列車だけでなく、新幹線にも広まっている。
JR東日本、西日本などが新幹線を利用した荷物輸送を展開。今月15日には、JR東海も東海道新幹線の車両で即日配送する法人向けサービス「東海道マッハ便」を4月以降、順次開始すると発表した。こだまの「業務用室」を利用し、1回あたり最大で段ボール40箱相当を運ぶ。精密機器部品や生鮮食品、医療関係品などを運ぶことが想定されている。
新幹線による荷物輸送は、新型コロナウイルスの影響で乗客が激減し、空いたスペースの活用を模索する中で広がった面もあるが、北海道から九州まで、新幹線による荷物の輸送網がつながった形だ。
政府も昨年以降、2024年問題対策として、「物流革新緊急パッケージ」などをまとめている。
そうした対策の中で挙げられたのが、トラック輸送からの移行を指す「モーダルシフト」だ。政府はパッケージで、鉄道、船舶による輸送量を今後10年で倍増させる目標を掲げた。鉄道は20年度の1800万トンを3600万トンにする計画だ。
国土交通省は、モーダルシフトに取り組む事業者を補助する仕組みを設けている。11年度に始まった「モーダルシフト等推進事業」という既存の枠組みだが、これまで250件を認定しているという。
大量に運べて環境に優しい、それでも輸送量が伸びない
26両編成の貨物列車で、最大10トントラック65台分を運べるという大量輸送が特徴の鉄道貨物。二酸化炭素(CO2)排出量がトラックに比べて少ないことから、環境にも優しい代替手段として期待されているが、データでみるとその輸送量は伸びていない。
鉄道貨物の大半を占めるJR貨物(東京)のコンテナ輸送量は、2007年度の2341万トンがピーク。22年度は2割減の1833万トンとなり、コロナ禍前の19年度(2076万トン)の水準に戻っていない状況だ。23年4〜12月の輸送量も前年同期を下回る。
業績も芳しくない。JR貨物は13日、24年3月期の業績予想を下方修正し、純損益が44億円の赤字となる見通しを明らかにした。赤字となれば3期連続で、物価上昇による消費者の買い控えなどで輸送量が低調になったとした。
そもそも国内貨物の輸送量はトラックがトップに立つ。手段別の輸送量をみると自動車が約5割、内航海運が約4割に対し、鉄道は5%程度。2024年問題の対策として、鉄道や船舶へのモーダルシフトが急速に進むだろうか。
「モーダルシフトと2024年問題は切り分けて考えるべき」
元トラックドライバーでフリーライターの橋本愛喜さんは「モーダルシフトはあたかも『救世主』のように取り上げられているが、本来は2024年問題と切り分けて考えるべき話で、解決策にはならない」と否定的だ。
旧運輸省が1981年、石油危機を背景とした省エネ対策として、答申で打ち出したのがモーダルシフト。それから40年たっても進んでこなかった理由は、橋本さんによると3つあるという。
まず、魚や野菜といった生鮮食料品の運搬はトラックの得意分野だ。ダイヤが決まっていて小まめな輸送が苦手な貨物列車では、タイムロスが発生しやすい。
2つめは到着先でもトラックの荷待ちが必要となる点。列車でも船舶でも遅延があれば、トラック運転手の拘束時間が長引く。
3つめに災害の影響を受けやすい。18年7月の西日本豪雨では、JR山陽線が100日間にわたって不通となった。
「能登半島地震で、損壊した道路の復旧資材を運ぶのもトラックだった。『ラストワンマイル』にやっぱりトラックは必要で、モーダルシフトで代用できない」と橋本さん。新幹線による荷物の輸送も効果は限定的とみる。
深刻な人手不足、適正な運賃設定や運転手の賃上げが必要
立教大の首藤若菜教授(労働経済学)は、鉄道貨物量の倍増を掲げる政府の目標について「かなり難しい」と指摘する。
鉄道貨物は深夜便が重要な位置を占める。だが、鉄道貨物の現場も人手不足が深刻で、増便は簡単ではないという。「輸送量を倍増するとなれば、鉄道に載せる前後の貨物スペースの拡充やさらなる人員も必要で、やすやすとはできない」
首藤さんはモーダルシフトと併せ、トラック輸送を巡って、緊急パッケージが示した適正な運賃設定や運転手の賃上げを求める。「不当に安かった運賃を、運転手の低賃金、長時間労働で補ってきたのが現状」だからだ。
賃上げがなければ、労働時間規制は賃金の減少に直結するとして、こう唱える。「運賃の適正化によって起こる運送コストの上昇は、荷主や消費者を含めた社会全体で負担すべきだ」
先の橋本さんの元には、100人を超えるドライバーから「4月に給料が下がるなら辞める」と怒りの声が寄せられているという。
「国はドライバーではなく、荷物の行方ばかり心配しているように見える」と橋本さん。「ベテランドライバーたちが愛するトラックを降りる決断を迫られている。大量離職の危機にある中でモーダルシフトをうたうのは、現場を見ないパフォーマンスに過ぎない」
◇
デスクメモ
高層ビルが並ぶ東京都心の汐留、映画館やホテルが立つ名古屋駅近くの笹島、再開発が進む大阪駅北。いずれも鉄道貨物の拠点だったが、利潤の物差しで転用された。鉄道貨物への転換といっても、冷遇した過去は棚に上げて、おだて直しているかのよう。浅はかさを感じてしまう。(北)