能登の2次避難 「命守る」を最優先にしたい(中國新聞 2024.01.21 07:00)
避難者の疲労や頑張りは限界を超えているだろう。能登半島地震の発生から、あすで3週間になる。被災地以外の避難所に移る「2次避難」をどう進めるか、悩みながらの模索が続いている。
石川県は2次避難所として県内のホテルや宿泊施設を確保した。家屋被害が甚大で、過酷な生活を余儀なくされている被災地から移るよう、輪島市や珠洲市などとともに促す。学校や集会所の避難所だけでなく、車中や損壊した自宅で過ごす人がいるためだ。
避難所でさえも長引く断水で衛生状態を保ちにくい上、極寒の季節はまだ続く。とりわけ高齢者に体調や持病の悪化がみられ、救急搬送が連日絶えない。災害関連死とみられる死者は既に14人に上る。これ以上、増やさないためにも2次避難を進めたい。
支援の緊急性が高かった孤立集落では、被災者が地区ごとにまとまって避難する方法をとり、ほぼ解消にこぎ着けた。寝たきりや認知症患者の多い高齢者施設からや、輪島市など中学生の集団避難も進む。まずは命と健康を守ることを促してほしい。
今のところ、2次避難は2千人余りに過ぎず、約1万4千人が被災地で避難生活を送る。高齢化率が約5割と高い奥能登では住み慣れた土地への愛着や住民の結びつきが強い。地域性が影響しているようだ。自宅の防犯への懸念やペットと離れたくない気持ちも聞かれる。それぞれ事情や不安があるのは理解できる。
とはいえ、避難生活が長期にわたった東日本大震災や熊本地震では災害関連死が多く発生し、遺族や支援者の後悔が積み重なってきた。当初から不眠不休で支える地元自治体の職員や医療福祉者ら支援者の負担も、限界に近い。
能登では、地元自治体の首長や議員、地域の世話役を中心に説得を続ける。寄り添い、解決策を示しながら決断を促す形が適切だろう。
何より被災者への情報発信を徹底する必要がある。馳浩知事は2次避難所にいる時期について「春、あるいはゴールデンウイーク前まで」と触れ、それまでに応急仮設住宅の整備を目指すと述べた。断水解消のめどや、被災者が生活再建するまでの道筋を示すことも重要になってくる。
2次避難は体調や生活環境を立て直すための一時的な措置で、いずれ戻って来られる―。首長がメッセージを発信すれば、不安を拭う一助になるはずだ。2004年の新潟県中越地震では、旧山古志村(現・長岡市)の当時の村長による「帰ろう山古志へ」の合言葉が、被災者の支えになったことを思い出す。
2次避難先では、被災者に合わせたきめ細かいサポートで、孤立を防ぐことが欠かせない。受け入れ自治体だけでなく、被災者ケアの経験を積んだNPO、医療や介護、福祉関係者も連携したい。今こそ災害ボランティアの出番だ。石川県が募った登録者数は1万人を超えている。
当面の生活支援にとどまらず、住まいを軸とした再建は長い道のりとなる。全国から人手と知恵を集め支えよう。