「なぜ右脳と左脳ができるのか?」脳が左右非対称になる仕組みを解明!(ナゾロジー 2023.04.15 SATURDAY)
ライター:川勝康弘
大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者:海沼 賢
以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションも担当することに。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。
【参考文献】
脳が左右非対称になる仕組みを解明―脳の左半球の神経突起だけが刈り込まれることを発見―
https://www.sci.osaka-u.ac.jp/ja/topics/11940/
【元論文】
Ecdysone signaling determines lateral polarity and remodels neurites to form Drosophila’s left-right brain asymmetry
https://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-1247(23)00348-0
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「脳は右と左に別れて別々の機能を持っている」
そんな右脳と左脳にかんする話題について、1度は耳にしたことがあると思います。
しかし実は、左右に別れた脳を持つのは人間だけではありません。
サルやマウスといった人間に近い哺乳類は言うまでもなく、ニワトリやゼブラフィッシュなど幅広い脊椎動物たちもまた、右と左に別れた脳を持っています。
さらにショウジョウバエのような昆虫の脳も、右脳と左脳では異なる機能を担当していることが知られています。
地球上に生息するそこそこ高度な動物たちにとって、脳の非対称性はデフォルトと言ってもいい状態にあるのです。
しかし左右のどちらにどんな機能が存在するかは解明が進んでも、どんな仕組みで脳の左と右が決定されているかは謎に包まれていました。
脳は極めて複雑な器官であり、心臓のようにメカニカルな理解を行うのは困難だったからです。
そこで大阪大学の研究者たちはシンプルでありながら左右非対称性を備えたショウジョウバエの脳に着目し、脳の左右差がうまれる仕組みを調査することにしました。
結果、ショウジョウバエの左脳だけで起きている神経突起の「刈り込み」が脳の左右非対称性の起点になっている可能性が示しました。
多くの人々にとって昆虫にも右脳と左脳の違いが存在することは驚きでしょう。
しかし研究ではさらに一歩踏み込んで、同じ左右非対称性形成の仕組みが昆虫から人間に至る幅広い種で共通(進化的に保存)である可能性も指摘されています。
しかしなぜ虫から人間に至るまで地球上の動物たちは、脳を右と左に別けているのでしょうか?
研究内容の詳細は2023年4月11日に『Cell Reports』にて公開されています。
脳が左右非対称になる仕組みを大阪大学の研究が解明!
私たち人間をはじめとする多くの動物は、外見は左右対称であっても内臓の配置は左右非対称です。
体の表面にある目も鼻も口も耳も手足の配置も左右対称ですが、心臓は左側、肝臓は右側に偏っており腸の巻き方も種が同じならば同様のパターンを見せます。
頭蓋骨に格納されている脳の場合、一見すると左右対称の形をしているようにみえますが、右脳と左脳は異なる脳機能を分担していることが知られており、明確な左右非対称性を持っています。
またこれまでの研究により、脳の左右非対称性は昆虫のような無脊椎動物から人間をはじめとした脊椎動物に至るまで幅広い種に存在することがわかっており、記憶や判断など高次の脳機能において重要な役割を果たしていると考えられています。
特定の脳機能を担当するニューロンを右脳または左脳に集中させることは情報処理の効率化につながり、分散配置するよりも高度で複雑なネットワークを構築させることが可能になります。
しかし脳の左右がどのような仕組みで決まるかは、脳の複雑さや見た目からの判断のしにくさのせいで、多くが謎に包まれていました。
そこで今回、大阪大学の研究者たちはシンプルながらも左右非対称性を備えた「ショウジョウバエ」の脳を調べることにしました。
脳の研究をするのにサルやマウスはともかく、ハエは全く不適当だと思う人もいるでしょう。
確かにショウジョウバエは人間に比べて遥かに単純な脳しか持ちませんが、基本的な記憶や学習を行うことが可能です。
また1匹1匹のハエにも攻撃性の強さや活発さなどに違いがあり、小さな脳でも個性のような違いがうまれることがわかっています。
さらに近年の研究により、ハエの脳も失恋によるストレスを感じたり、そのせいでアルコール依存症になりやすくなったり、やる気が落ちると薬物に溺れやすくなったりと、人間の脳と同じような特性を持っていることも判明しています。
(※人間の脳細胞とハエの脳細胞が酔っぱらうアルコール濃度も同じです)
加えてショウジョウバエの脳には左右非対称性を調べるにあたり非対称体(AB)と呼ばれる便利な部分がありました。
非対称体(AB)はその名の通り左右非対称な構造であり、左側よりも右側が大きくなっています。
また重要な点として、非対称体(AB)の左右差が失われたショウジョウバエは短期記憶は問題なくできるものの、長期記憶ができなくなってしまうことが知られていました。
もしショウジョウバエ脳にある非対称体(AB)がどのように作られるかを詳しく知ることができれば、脳の左右非対称性が発生する仕組みを突き止められかもしれません。
そのため研究者たちは非対称体(AB)に存在するさまざまなニューロンの可視化を行うことにしました。
すると、ショウジョウバエの脳は最初は左右対称に造られていましたが、時間が経過するにつれて左脳の非対称体(AB)の神経突起が刈り込みされたかのように縮小していき、体積も明確な差が生じはじめたのです。
また左脳で神経突起の刈り込みが行われている仕組みを調べたところ、ステロイドホルモンの一種で昆虫で脱皮や変態を促進する作用があるエクジソンが需要な役割をしていることが判明しました。
たとえばショウジョウバエのエクジソン遺伝子を働かないようにした実験では、非対称体(AB)の左右差が反転することが示されました。
この結果はショウジョウバエ脳の左右非対称性がホルモン調節によって起こることを示します。
興味深いことに、ホルモンと脳の左右非対称性の関連は人間・ニワトリ・カレイなど複数の脊椎動物においてみられています。
(※人間もニワトリもカレイも脳は右脳と左脳が存在します)
たとえば人間の場合、側頭部の構造が男女によって微妙に違うことが示されており、その違いが性差に起因する脳内のステロイドホルモンの働きに起因する可能性が示されています。
また体全体に左右非対称性を持つヒラメでは頭部の非対称なネジレに甲状腺ホルモンが重要な役割を果たしていることが示されています。
さらにニワトリにおいてもコルチコステロンやエストラジオールなどのホルモンが、視覚投影領域の非対称化に関連していることが示されました。
これらの結果は、昆虫から人間に至る幅広い動物脳の左右非対称性形成メカニズムが共通である(進化的に保存されている)可能性を示します。
また研究者たちは、脳の左右非対称性が記憶や認知など脳の高次機能に必要であることから、ヒトの精神疾患のいくつかも神経突起の刈り込み異常がかかわっている可能性があると述べています。
現在、生物の脳の仕組みを模倣することで、より高度なAIを開発する試みが行われています。
もしかしたら未来のロボットに搭載されるAIのニューラルネットも、右脳と左脳のような大きな区分を持つものが一般的になるかもしれません。