<社説>福島事故から12年 原発の危うさを忘れまい(北海道新聞 2023年3月11日 05:00)
東京電力福島第1原発は今も廃炉作業の先が見えない。事故から12年の今、新たな局面を迎える。
構内で汚染後に浄化した処理水を「春から夏ごろ」に海洋放出することを政府が決めた。
処理水には放射性物質トリチウムが残るが「人体への影響が小さい」程度に薄めるという。放出は30年以上続き、汚染への懸念や風評被害などを恐れる声は根強い。
地元や全国の漁協は反対する。政府と東電は2015年に「関係者の理解なしにはいかなる処分もしない」と約束したはずだ。
福島産食品の輸入規制はなお中国、韓国など12カ国・地域に及ぶ。復興道半ばの放出は震災直後に等しいダメージを与えないか。
政府は事故後に原発依存の低減方針を掲げていたが、岸田文雄首相は運転期間延長や次世代型導入など積極活用にかじを切る。
処理水と同じく国民との対話を尽くさぬ唐突さだ。福島の教訓を忘れた政権の暴走は許されない。
■処理水放出で分断も
福島の漁業は21年3月で事故後の試験操業を終え、本格操業に向けた移行期に入っている。
親潮と黒潮がぶつかるプランクトンが豊富な漁場で知られるが、漁獲は震災前の2、3割程度という。国の復興支援事業を基に5割以上に戻す増産計画が作られ、各漁協が取り組みを始めている。
福島県地域漁業復興協議会委員で福島大准教授の林薫平さんは「少なくとも成果が表れる3年間は放出を凍結すべきだ」と話す。
処理水放出は保管タンク約千基が秋には満杯となるというのが理由だが、原発回帰に歩調を合わせるかのようだ。漁業者の都合と関係なく進み、国や東電の言う「廃炉と復興の両立」には程遠い。
岸田政権は風評被害対策や事業継続のため漁業者向けに二つの基金を設け計800億円を投じる。
対策の枠組みを地元や漁業に狭めたい意図も見える。林さんは「福島で解決すればいいのではとの風潮にならないか」と危惧する。
放出計画は原子力規制委員会が認め、国際原子力機関(IAEA)も近く検証結果を公表する。
異論は「風評」とされ国民の口をつぐませる恐れもあろう。福島との分断を招けば復興は遠のく。
■廃炉の国民的論議を
福島第1原発では冷却用の注水や地下水が溶融核燃料(デブリ)に触れ、汚染水が1日約100トン発生する。デブリ除去ができなければ処理水増加も止まらない。
推計880トンものデブリ取り出しは廃炉の最難関だ。当初は21年開始だったがコロナ禍もあり、2号機で今年10月以降となる。
とはいえ東電は初年度は試験的で「取り出す量は数グラム程度」と言う。1、3号機に至っては内部の状況把握が進まず工法も未定だ。
廃炉計画は原発が「冷温停止状態」となった11年12月から30~40年後に終える。だが廃炉完了の具体的な姿はいまだ定まらない。
安倍晋三元首相は8年前の会見で「廃炉、汚染水対策では東電任せにせずに国も前面に立つ」と述べた。ただ国は方針を決め支援をするが実施主体は東電のままだ。
事故翌年に有識者の国会事故調査委員会は「未解明部分の事故原因の究明」「廃炉の道筋」などを考える第三者機関設置を求めた。この提言は今も生きている。
放出は原子力専門家を中心とした経済産業省の小委員会が導いた。本来は廃炉全体を見据え、国民全体の議論の場で決めるべきだ。
■再エネ拡充策が先だ
ウクライナ侵攻はロシアに天然ガスを依存する欧州で原発回帰を促したかに見える。オランダは昨年、原発2基新設を決め、ポーランドやチェコなども建設予定だ。
福島事故を受け昨年末に原発全廃方針だったドイツは冬を乗り切るため3基を稼働延長させた。ただショルツ首相は運転が今年の「4月15日に終わりを迎える」と述べ、あくまで暫定措置と強調する。
再生可能エネルギーへの代替が進んでいるからだ。昨年の構成比は45%で10年前の約2倍になった。7年後には80%とする目標だ。
日本も2年前のエネルギー基本計画に「再生可能エネルギーの主力電源化を徹底」と明記し、30年度の構成比36~38%を掲げた。
急ぐべきは再エネ拡大の具体的戦略ではないか。なのに60年超の原発運転延長では筋が通らない。
岸田首相は先月の衆院予算委員会で原発活用を「需給の逼迫への対応」と答弁した。電気代高騰から理解を示す風潮もあるようだ。
だが安全審査に合格し現実的に数年で動かせるのは4基のみだ。当面の危機には対応できない。
ロシアによる原発攻撃は12年前のメルトダウンの恐怖を思い起こさせた。福島事故の後始末は終わっていない。記憶を風化させず、国民の安全を最優先に再エネ中心の道筋を歩む必要がある。