増税してまで「防衛費増額」がなぜ必要なのか? 台湾有事を想定した机上演習で見えた習近平政権の焦り

1月11日、台湾軍が「春節」控え軍事演習 国際

増税してまで「防衛費増額」がなぜ必要なのか? 台湾有事を想定した机上演習で見えた習近平政権の焦り(AERAdot. 2023/01/28 17:00)

防衛費増額に必要な財源をめぐる議論が熱を帯びている。そもそも、なぜ増税してまで防衛力の増強が必要なのか。

昨年12月に閣議決定された安保関連3文書のひとつ、国家安全保障戦略で筆頭に挙げられたのは、中国の脅威である。そこで「中国は、台湾について平和的統一の方針は堅持しつつも、武力行使の可能性を否定していない」と指摘された。

そんな折に著名な米国のシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)が今年1月9日に公表した台湾有事を想定した机上演習の報告書が波紋を広げている。「日米同盟が日本を戦争に引きずり込んでいる」という意見もある。中台関係の専門家はこの報告書をどう読んだのか。防衛省防衛研究所の門間理良地域研究部長に聞いた。

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CSISの机上演習は次のようなものだ。

2026年「Dデイ」――中国人民解放軍は台湾本島への進攻を開始した。米国は即時介入を決定。しかし、人民解放軍の膨大なミサイル攻撃によって台湾の空軍と海軍はわずか数時間で壊滅してしまう。この戦いで要となったのが日本の存在だ。在日米軍基地からの兵力が人民解放軍を押し戻してゆく。自衛隊も参戦。最終的に台湾は防衛を果たす――。

というのが「基本シナリオ」に基づく机上演習の結果である。

この内容について、門間部長は「私は机上演習の専門家ではありませんが」と前置きしたうえで、首をかしげた。

「台湾有事の際、日本の役割として、われわれがまず思い浮かべるのは『後方支援』です。ところがCSISのシナリオには、机上演習を複雑化するのを避けるためかもしれませんが、後方支援が盛り込んだものがありません。そこに違和感を覚えました」

「これはもう日本有事です」

日本は世界で最も多くの米軍基地が置かれた国である。

「国内には主に沖縄県に米軍基地があり、台湾有事で大きな役割を果たすと考えられますが、そのほかにも、米海軍佐世保基地(長崎県)、米海兵隊岩国航空基地(山口県)、米海軍横須賀基地(神奈川県)などから米軍が台湾へ向かうこと想定されます。情勢が集団的自衛権の行使が認められる『存立危機事態』と認定されれば、戦闘地域でも日本は水や食料、燃料などを米軍に支援できますし、日本に後送された傷病兵の診療などの衛生業務も行います」

本来であれば、まずその是非が問われるはずだ。

「ところが、今回の机上演習では後方支援の部分は省略されて、米台日が連合軍のようなかたちで人民解放軍と戦っている。そして日本は26隻の艦艇を失うという結果になっています(基本シナリオの場合)」

CSISの報告書には自衛隊の参戦について、こう書かれている。

<専門家との議論により、日本の自衛隊基地または在日米軍基地が攻撃された場合にのみ、日本が参戦する可能性が最も高いと判定され、この仮定はほとんどの演習で採用された>

報告書によると、当初、中国は日本を戦争に巻き込むことに慎重な姿勢を見せていた。しかし、在日米軍基地からの攻撃に苦しめられた中国は日本国内の基地への攻撃を決定する。その結果、日米の航空機数百機が地上で破壊される。そして、生き残った自衛隊が反撃を開始する、という流れだ。

しかし、ここでまた門間部長は疑問を呈する。

でも、そうなったら、台湾有事というより、もう日本有事ですよ。その場合、自衛隊が反撃して戦うのは台湾本島付近ではなく東シナ海から日本にかけての地域でしょう。26年に長射程のスタンド・オフ・ミサイルを保有していると仮定すれば、それで敵基地を攻撃するなどの戦闘になると思います。日本本土が攻撃されたら、日本防衛が自衛隊の最重要任務になるのは当然のことです」

なぜ今、台湾有事なのか?

そもそも今、なぜCSISは台湾有事を想定した机上演習を行ったのか?

報告書の冒頭には、こうある。

<中国の指導者は、台湾を中華人民共和国に統一することについてますます強硬になってきている。(中略)それは米国の国家安全保障論議の焦点になっている>

門間部長は中国、台湾、そして米国の立場を踏まえて台湾有事の背景を説明する。

「台湾有事というのは、もともと中国が台湾を『核心的利益』ととらえていることに端を発します。日中戦争後の国共内戦で人民解放軍は中国全土を解放していったわけですが、唯一残ったのが台湾です。その後、鄧小平が『改革・開放』を成功させ、江沢民の時代になると、人民解放軍にも十分な予算が配分されるようになりました」

人民解放軍は湾岸戦争やイラク戦争などから教訓を学びつつ、軍の近代化を進めてきた。そして今、習近平政権は情報化戦争や、AIを駆使した“智能化戦争”への準備を推し進めている。

「中国人、そして人民解放軍が自信をつけてきたなかで、中国の核心的利益であり、まだ解放していない台湾に目が向くのは当然の帰結なわけです」

さらに中国は、台湾人に台湾アイデンティティーが根づいてしまったことへの危機感を募らせている。

「端的に言うと、台湾の与党、民進党は台湾土着の政党であり、大陸に対する思い入れがありません。そんな政党が16年以降、政権を担ってきた。今の香港の状況を見ている多くの台湾人は到底、中国とは一緒になれないと考えている。このままいくと台湾人の気持ちは大陸からますます離れていく。中国からすれば、武力による統一という選択肢がクローズアップされてくる」

期を同じくして米中関係は新冷戦といわれる状況に陥っている。関係改善の糸口は見えない。

「米中関係の悪化にともない、トランプ政権以降は特にそうですが、米国と台湾の関係が非常に強化されています。政治家の往来や武器の供与などに見られるように、米国の台湾支持が顕著になっている」

中立化で日本は苦境に陥る

話を机上演習に戻そう。

演習は計24通りのシナリオで行われたが、もっとも悲観的なシミュレーションは、日本は中立の立場をとり、台湾を救援するための基地使用を米軍に認めない、というものだ。

「その場合、台湾と米軍はかなり悲惨な状況に陥ることが報告書に示されています。一方、中国とやり合わない日本の安全は確保されます。しかし、その場合、台湾は日本にとって友人であり続けてくれるでしょうか。絶対にならないどころか、場合によっては侵攻してきた中国よりも憎い存在になるでしょう。友人だと思っていた日本が台湾を見捨てた、という話になるわけですから。また、アメリカとの同盟関係も深刻な打撃を受ける可能性もあると思われます」

中国との関係はどうだろうか?

「日本が中立の立場をとれば、中国との関係が破滅的になることは一時的に回避されるでしょう。しかし、それは日中関係の蜜月を長期にわたって保証するものにはなりません。いずれは日本に対する圧力をかけてくると思われます」

門間部長は続ける。

「台湾有事が発生した際、一つの可能性として、日本には『中立』という選択肢が確かに存在します。ただ、それによって中国からの攻撃を避けられたとしても、その後の国際社会における日本の立ち位置は非常に弱くなる危険性があります。アメリカとの関係はぼろぼろ。今まで日本が一番好き、と言ってくれた台湾との関係は最悪に転じます。他の国からも日本は『台湾や米軍を見捨てた信用できない国』と見られるかもしれない。果たしてそのような状況に日本は耐えられるでしょうか。そのへんをよく考えておく必要があります」

防衛費増額は必要コスト

最もよいのは、台湾有事が起こるのを未然に防ぐことである。それにはどうしたらいいのか?

「一つ目は南西諸島方面を中心とした防衛力を強化することです。もし攻撃されたら、相手からのさらなる武力攻撃を防ぐため、有効な反撃を相手に与える能力を保持しておく。二つ目は、アメリカとの同盟関係は誰も間に割って入れない非常に強固なものである、と中国側に認識させておくことです。もし、台湾有事になったら、米軍が出てくる。その際に日本が米軍に対して基地使用を認めないとは到底考えられない、と受け取らせる」

中国が武力による台湾の統一を考える際、この二つを非常に嫌がる。人民解放軍が極めて厳しい戦いを強いられる要因だからだ。

「核心的利益である台湾の統一を目指したことによって甚大な損害を被れば、中国共産党政権の屋台骨を揺るがすような事態になります。なので、この2点は台湾有事を抑止する有効な方策だと考えます」

現在、防衛費増額にともなう財源をめぐって国会で論戦が続いている。

「防衛費を大幅に増やすことに不満の声も上がっています。ただ、いざ有事となれば、諸外国が絡んでくる問題なので戦費のコントロールが困難になることは明らかです。そのような事態が起こらない仕組みづくりに予算を費やしたほうが長期的なコストは低く抑えられます。現代においても侵略が行われることをロシア・ウクライナ戦争はまざまざと見せつけました。防衛省・自衛隊は『まさか、攻めてくるとは思わなかった』では済まされない組織です。なぜ防衛費増額が必要なのか、国民に丁寧に説明しつつ、粛々と適切な準備をしておくことが戦争を遠ざける道だと、私は思っています」