ロシア停戦に米英が「本気を出さない」2つの理由、紛争長期化でも得る恩恵とは

ロシア停戦に米英が「本気を出さない」2つの理由、紛争長期化でも得る恩恵とは 国際

ロシア停戦に米英が「本気を出さない」2つの理由、紛争長期化でも得る恩恵とは(上久保誠人:立命館大学政策科学部教授 DIAMOND online 2022.5.31 4:05)より抜粋

マクロン仏大統領とショルツ独首相が、ロシアのプーチン大統領と、80分間にわたって電話で3者会談した。このように、欧州諸国の首脳はウクライナ紛争の停戦に尽力している。

一方、米国と英国の動きを注視すると、対話による紛争解決に消極的に見える。それどころか、開戦前から紛争の兆候を把握していたにもかかわらず、積極的に止めようとしなかった印象だ。

米英は、なぜこうしたスタンスを取っているのか。その要因を、経済と政治の両面からひもといていく。(立命館大学政策科学部教授 上久保誠人)

≪ 省略 ≫

ウクライナ紛争が長引いても米英が「得をする」2つの理由

米英は、なぜ紛争解決に積極的ではないのか。その要因は、経済面・政治面の大きく二つある。

経済については、欧州諸国がロシア産石油・ガスを禁輸すると、制裁を加える側にも大きなダメージをもたらす。一方で、米英のダメージは相対的に小さい。米英はロシアから石油・ガスのパイプラインを敷いておらず、ロシアからの輸入に依存していないからだ。

また、かつて「セブン・シスターズ」と呼ばれた、シェル、BP、エクソンモービルなどの英米系「石油メジャー」が、世界中の石油・天然ガスの利権を確保していることも重要だ。

英米系石油メジャーは、「サハリン1・2」などロシア国内の油田・ガス田の利権から撤退を始めている。だが、世界中に利権を持つメジャーには、ロシア利権は微々たるもので経営に悪影響はほぼない。中国系やインド系にそれを売却すれば、巨額の売却益を得られる。

何より重要なのは、米英系石油メジャーが単にロシアから石油を購入していただけではなく、ロシアに石油掘削、精製などの生産技術を提供してきたことだ。こうした企業が撤退すれば、ロシアは技術を失い、石油・天然ガスを輸出できないだけでなく、生産そのものが停滞する。油田は次々と閉鎖に追い込まれることになる(第103回)

語弊はあるが、あえて言えば、米英にとっては、ウクライナ紛争は経済的な好機でもある(第303回・p3)。1960年代後半以降に、ロシアと欧州の間に天然ガスのパイプライン網が敷かれるようになる前は、欧州の石油・ガス市場は米英の牙城であった。ロシア産石油・天然ガスの禁輸措置は、米英にとって欧州の石油ガス市場を取り戻す千載一遇の好機となるのかもしれない。

政治的に見ても、米英にとってウクライナ紛争の長期化・泥沼化にデメリットはない。

ロシアは、ウクライナへの軍事侵攻という「力による一方的な現状変更」を行った。これは、G7のような大国以上に、大国からの介入を常に恐れる多くの中堅国・小国にとって、絶対に容認できないことだった。これにより、ロシアは国際的に完全に孤立した(第298回・p3)

紛争が長引けば長引くほど、プーチン大統領は追い込まれる。軍事行動が失敗だったと多くの国民が気づけば、大統領の失脚、暗殺、政権転覆、クーデターの動きが出てくるかもしれない(第299回)

要するに、米英にとってウクライナ紛争とは、20年以上にわたって強大な権力を集中し、難攻不落の権力者と思われたプーチン大統領を弱体化させ、あわよくば打倒できるかもしれない「千載一遇の好機」なのではないか。

このように、経済的・政治的な利点があるからこそ、米英は積極的に紛争を止める必要がないといえる。

ウクライナ紛争においては「冷徹な」米英の動向も注視すべき

最後に、大局的にウクライナ紛争を見てみたい。この連載で何度も主張してきたが、東西冷戦終結後、約30年間にわたってNATOは東方に拡大し、ロシアの勢力圏は、東ベルリンからウクライナ・ベラルーシのラインまで大きく後退した(第297回)

ウクライナ紛争をきっかけに、これまで中立を保ちNATO非加盟であった北欧のフィンランド、スウェーデンが、NATOへの加盟申請を表明した。ロシアの蛮行は、NATOをさらに東方拡大させる可能性を高めてしまったのだ。

仮にロシアがウクライナを制圧しても、元々NATO加盟国ではなかったウクライナをNATOに加盟させることに失敗するだけだ。その場合でも、米英にとっては、勢力圏を北欧に拡大するという前述のメリットが得られる。ロシアにとって苦しい状況に変わりはないのだ。

つまり、ウクライナ紛争とは、ボクシングに例えるならば、リング上で攻め込まれ、ロープ際まで追い込まれたロシアという名のボクサーが、やぶれかぶれでパンチを出しているようなものだ。たとえウクライナを制圧したとしても、そのパンチがたまたま当たったようなものにすぎないのだ(第77回)

生活や生命を奪われたウクライナ国民の皆さんには大変申し訳ない言い方になるが、あえて冷徹な言い方をする。この紛争は、戦う前からすでに米英が勝者であり、ロシアが敗者であることは決まっている。米英にとって、ウクライナがどんなに悲惨な戦火にさらされようとも、痛くもかゆくもないというのが現実だ。

ウクライナ紛争をいかに早期に停戦させるかが、国際社会の最大の課題であるのは言うまでもない。だが、そのためには、ロシアとウクライナの動向だけではなく、この紛争に対する米英の冷徹な姿勢も注視していく必要があるのではないだろうか。

上久保誠人
立命館大学政策科学部教授

1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。