世界インフレのなか日本の「小国化」が止まらない…! 衰退するこの国を待ち受ける「残念な未来」(現代ビジネス 2022.11.23)
加谷 珪一 経済評論
全世界的な物価上昇や円安によって、人やマネーが世界から日本にやってくるという従来の常識が揺らぎ始めている。急激なインフレや円安はいつかは落ち着くだろうが、今後、世界の物価が大幅に安くなったり、1ドル=100円以下といった超円高時代が復活する可能性は極めて低い。これからの時代は、新常識に沿った新しい価値観と政策が求められる。
日本は小国への道を歩み始めている
一般的に経済が順調に拡大している国には、人材や資金など経済活動に必要なリソースが海外から大挙してやってくる。日本は戦後、製造業の輸出で経済を成り立たせてきたが、企業が製品を輸出すれば、その代金は外貨で支払われるので、日本は多額の外貨を蓄積することができた。
経済が好調な国の資産(例えば株や不動産など)は、時価総額が増大していくものであり、諸外国の投資家にとっては魅力的な投資対象になる。資産の時価総額が増大すれば、信用創造がさらに膨らむので、国内の経済活動はより活発になっていく。
戦後間もなくの貧しい時代、日本に投資する外国人は、直接、事業に関わる外資系企業など、ごく一部に限られていた。だが60年代以降、日本経済が豊かになるにつれて、純粋に投資目的で日本に資金を投じる投資家が増え、これによって日本市場は活況を呈し、企業の資金調達環境も劇的に改善した。
90年代以前の日本は、多額の貿易黒字を背景に積極的な対外投資を行う一方、海外からも資金がやってくるという好循環が成立していた。だがバブル崩壊をきっかけに、日本経済を取り巻く状況はすっかり変わってしまった。
日本が30年間もゼロ成長に甘んじている間に、諸外国は1.5倍から2倍に経済規模を拡大させ、中国や東南アジアなど新興国に至っては20倍(アジアの新興国の平均)という驚異的なペースでの成長を実現した。日本経済が世界に占めるシェアは急激に低下し、日本人の賃金も相対的に大きく下がっている。望むと望まざるとにかかわらず、日本は徐々に小国への道を歩み始めたと考えてよいだろう。
短期的にはともかく、長期的な成長というのは、財政や金融といった経済政策ではなく企業の競争力で決まる。経済政策には成長を側面支援する効果しかなく、それ自体が成長の原動力にはならない(財政出動などの各種経済政策が長期的な成長を実現するという経済理論は存在していない)。日本経済がゼロ成長に陥ったのは、日本企業の競争力が低下したことが原因であって、経済政策でどうにかなるものではない。
日本から外国人労働者がいなくなる
人材も同様であり、経済が拡大している国の賃金は相対的に高くなるので、多くの外国人が富や仕事を求めてやってくる。逆に経済が縮小する国は、賃金や為替が下落するケースが多く、外国人にとって魅力的ではなくなる。
これまで日本の産業界は、人手不足に対応するため、低賃金労働の多くを外国人労働者に頼ってきた。本来、人手不足に対しては、機械化や自動化、省力化などで対処すべきだったが、日本の産業界が選択したのは、政府に働きかけ、大量の外国人労働者を雇用するという安易な手法だった。
当初は、多くの外国人が仕事を求めて日本にやってきたが、日本の賃金が相対的に下がるにつれて、状況は変わってきた。日本での労働に見切りを付け、本国に帰る、あるいはより高い地域への出稼ぎに切り替える外国人が増える可能性が出てきたのだ。
実際、このところ進んだ円安によって、アジアから来ている外国人労働者が本国に十分な金額を送金できないという問題が発生している。円安のペースがあまりにも急ピッチだったことから、こうした弊害が一気に顕在化したわけだが、円安はあくまできっかけに過ぎない。最大の問題は日本の相対的な賃金が下がったことであるという点について、忘れてはならないだろう。
いくら「今の円安は行き過ぎだ」「いずれは円高になる局面も来る」と声高に叫んだところで、賃金そのものが安ければ、生活がかかっている彼らを説得することは難しい。
こうした状況が続けば、日本に来ていた外国人ばかりではなく、日本人労働者も、より高い賃金を求めて海外就労を目指すことになり、人材流出に拍車がかかる。
価値が下がる国からはお金も出ていく
経済というのは正直であり、人とお金というのは、お金のある所に集まっていくものだ。このところメディアでは、割安になった不動産や日本企業を外国人が買い漁っているとの指摘(批判)をよく目にする。だが、こうした指摘や批判というのは、日本の価値が下がったことの本当の恐ろしさを理解していないという点で、少々、的外れと言わざるを得ない。
確かに今、この瞬間は、半年で日本円の価値が3分の2に下落した状況にある。もともと日本の不動産や企業を買おうとしていた投資家からみれば大チャンスであり、一部では買い漁りのように見えるかもしれない。だが、価値が下がった国が直面する問題というのは、望まないマネーが海外からやってくることではない。本当に恐れるべきなのは、人に加えてマネーも海外に流出すること(あるいは海外から人やマネーがやってこないこと)である。
価値が長期的に上昇しない国に投資をすれば、自国通貨建てで見た資産価値は増加しない。このまま日本経済の停滞が続けば、外国人による買い漁りどころか、日本に投資をする外国人投資家などいなくなってしまうだろう。
こうした経済の地殻変動というのは、ゆっくりとしたペースではあるが、着実に貿易の動きを変えていく。以前の日本は、多くの工業製品を自国で生産しており、余剰の生産力を輸出に回すことによって外貨を蓄積できた。日本が輸入しなければならないのはエネルギーや食料など、国内に存在しないものだけ、というのが昭和の常識だった。
ところが近年は、日本企業の競争力低下によって、エネルギーや食料のみならず、スマホや家電など付加価値の高い工業製品まで輸入に頼るようになっている。たまたま、このタイミングで全世界的なインフレや円安が進んだことから日本の貿易赤字は急激に悪化したように見えるが、現実は異なる。ジワジワと進んでいた輸入依存体質が、インフレと円安によって表面化しただけであり、逆に言えばインフレと円安が落ち着いたからといって、日本の輸入依存体質が元に戻るわけではない。
日本の投資収益は半永久的ではない
貿易収支が悪化すると、当然のことながら全体的な資金の出入りを示す経常収支にも影響が及ぶ。経常収支は、貿易収支に海外への投資から得られる投資収益を加えたものである。日本経済はこれまで貿易黒字を計上し、得られた外貨を海外に投資することで、利子や配当などの投資収益も獲得することができた。日本の経常収支が一貫して大幅な黒字だったのは、貿易で得た利益に投資収益が加わっていたからである。
ところが近年は、貿易収支が赤字に転落するケースが多くなっており、経常収支の黒字額が減少している。しかも海外に投資した資金の半分は、コスト対策から海外に移転した日本メーカーの工場など、現地法人への出資である。海外投資と言っても、現実には限りなく輸出の代替に近いものであり、いずれは新興国企業に取って代わられる可能性が高く、半永久的に得られる収益とは言えない。
つまり日本が対外資産から得ている投資収益は、将来的には半分程度まで減少する可能性があり、そうなると日本の経常収支はさらに悪化する。仮に経常収支が赤字転落した場合、国内では資金不足が発生することを意味しており、日本企業や政府は外国からの借金を余儀なくされる。当然、金利は今よりも高い水準となるので、利払い負担によって、企業収益には下押し圧力が加わるだろう。
海外マネーというのは、不況や金融危機が起こるとすぐに引き上げてしまうものであり、資金ショートが発生するリスクも高くなる。こうした事態を回避するためには、優良な資金を集められるよう、金融市場の整備を進めていく必要がある。日本に残された時間はそれほど多くない。
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加谷珪一 KEIICHI KAYA 経済評論家
1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『教養として身につけたい戦争と経済の本質』(総合法令出版)などがある。