ポイント2兆円が無駄金に マイナカード義務化で保険証はどうなる?

保険証と一体化した「マイナ保険証」 政治・経済

ポイント2兆円が無駄金に マイナカード義務化で保険証はどうなる?(週刊新潮 2022年11月07日)

突如、河野太郎・デジタル大臣が宣言した、2年後の「マイナカード」実質義務化。この国の政府とデジタル政策といえば、失敗の過去しか思い浮かばないが、今回も大混乱だ。マイナ無しなら保険診療は受けられない? ポイントに使った2兆円は無駄金になった?

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「マイナンバーカードは一応、作りましたけどね……」

とため息をつくのは、評論家の大宅映子さん。御年81歳である。

「財布の中にカードが増えるのを止めたくて。で、ネットで申し込んだんですが、手こずりましたね。何度も間違えるんだけど、どこで間違えたかわからない。たまたま娘がいたんでどうにかなりましたけど……」

として言う。

「マイナ保険証はまだです。もう私もあと何年もないから少し様子見しようかしら。そもそもこれを導入すればこんなに便利ですという制度理論が十分練り上げられていないのでは?」

年配の方々にとっては、作るだけで一苦労。メリットがわからないから申請しない。しかし、ある日突然、「国民の義務です」と言われたら……。

そんなことが、現実に起きた。

方針転換の背景

10月13日、河野太郎・デジタル大臣が「健康保険証」を今から2年後、2024年の秋に廃止し、「マイナ保険証」としてマイナンバーカードに統一する――と公表したのは周知の通り。保険証がなければ、医療機関で保険診療が受けられないから、要は、実質的なマイナカード「義務化」に舵を切ったのである。

「急な方針転換の背景には、マイナンバーカードの普及が一向に進まないことへの焦りがあります」

とは、さる全国紙の政治部デスクである。

マイナンバーカードの交付が始まったのは16年のこと。しかし、それから6年が経つ今になっても、国民の取得率は5割に満たないまま。取得者に最大2万円分が付与される「マイナポイント」特典を設けたのにもかかわらず、だ。

昨年10月には、保険証と一体化した「マイナ保険証」の利用も開始されたが、現在の利用者はカード取得者の2割に過ぎない。

「これに業を煮やしたのが、8月に大臣になったばかりの河野さん。もともと保険証は原則廃止の方向でしたが、その期限を早急に区切ることを強く主張した。支持率低下にあえぐ岸田総理もこれに乗っかったんです」

見切り発車

河野大臣は「ポスト岸田」を狙う身。いつものスタンドプレーだろうが、しかし、ここで当然疑問に思うのは、では、マイナカードをそれでも取得したくない人はどうなるのか、ということ。お上の方針に逆らう不届き者は、自費で医療費を払え!となればメチャクチャな話だが、

「実際は、その辺りは何も決まっていません」

とデスク氏が続ける。

「大臣も会見で“これからしっかり詰めていく”と述べているように、要は見切り発車なんです。一方で、24日、このことを国会で問われた岸田総理は“マイナ保険証がなくても保険診療を受けられる制度を作る”と答弁している。一体、何なんだ、との批判が出てくるのは当然ですね」

「お薬手帳と変わらない」

迷走するマイナ政策。

「拙速ですし、現状では不備が多過ぎますよ」

と憤るのは、経済ジャーナリストの荻原博子さんだ。

「マイナ保険証について、政府は夢みたいなことばかり言っています。例えば、マイナ保険証があれば、過去の病歴が即座に医療機関と共有できる、と。でも、マイナ保険証とつながっているのはレセプトです。カルテとなら過去の病歴など詳しくわかるでしょうが、レセプトは過去にどんな治療をしたかくらいの情報しか記されていないので、お薬手帳を見せるのとあまり変わらないですよね」

しかも、

「マイナ保険証を持っていても今、医療機関でそれを読み取れる機械を導入しているところは全体の3割ほど。しかもほとんどが大病院です。ではマイナ保険証を持っている人は大病院に行くべきなのか。今、国は医療機関の機能分化を進め、紹介状なく大病院に行くと初診料に最低7千円が上乗せされますが、こうした政策と矛盾しますよね。これらの整備なしに、頭ごなしに“カードを作れ!”と言われても、無理が出るのは当たり前ですよ」

拠出された予算は2兆円ほど

便利かどうかよくわからない。だから取得者数が伸びないというのが事の本質。本来なら政府は利便性を追求し、それを周知して利用者を増やすべきだが、その努力をせず、代わりに行ったのは目の前にニンジンをぶら下げることだった。

「それがマイナポイントですが、はっきり言って間違いだったと思います」

と批判するのは、ITジャーナリストの三上洋氏だ。

「マイナンバーカードについてはメリットの薄さだけでなく、そもそも情報セキュリティーに不備があったり、情報が悪用されるのではないかという不安があり、取得者数がなかなか伸びなかった。それを払拭するようきちんと広報することが大事なのに、ポイント付与を始めたことによって、逆に“後ろめたいところがあるからお金を配るんでしょ”という不信感を植え付けてしまったと思います」

これまでマイナポイントのために拠出された予算は計2兆円ほど。これは実に消費税1%分にも相当する巨額に上る。

「きちんと説明すればいいのに金で釣ろうと」

しかしこの「アメ」の政策が想定よりうまく進まず、政府は実質義務化という「ムチ」の政策へと真逆の方向に舵を切ったのだから、いささか乱暴だが、2兆円は無駄金だったと指摘されても文句は言えないだろう。

「義務化となれば、今度は強硬策ですよね」

と三上氏が続ける。

「そうなれば、国がそれを強いるのは、制度におかしな目的があるからだと、また疑念を持たれてしまいかねません」

ちなみに政府がこれまでマイナカード普及の広報に使った予算は320億円ほど。それだけ費やして不安を払拭できなかったのだから、これもまたドブに捨てたと言われても仕方ないのだ。

「私はとっくの昔にマイナンバーカードを作ったよ」

と言うのは、かつて「税金党」の党首を務めた、元参院議員の野末陳平氏。御年90ながら、

「手続き? 面倒だったけど、もちろん自分でやったさ。保険証はまだだけどこれからやるつもり」

と、誠にお若い。

「デジタル化はもう世界の流れだからこれは止められない。でも政府はバカで、下手だよな。きちんと説明すればいいのに金で釣ろうとした。魂胆が見え見えなんだよ。で、それが失敗したら、河野君が目立ちたいばっかりにバーンと結論だけ投げ込んでしまったよな。大チョンボだ」

として言う。

「大事なことなんだから、国民に堂々正論を説け。邪道を行くな。政府にはそう言いたいよ」

場当たり的な意思決定とブレまくる政策。

それこそがデジタルとはかけ離れた思考であることに、岸田、河野両氏は果たして気付いているのか。

週刊新潮 2022年11月3日号掲載

特集「ポイント2兆円は無駄金! 『河野太郎』で大混乱 『マイナーカード』義務化で廃止!? どうなる『保険証』」より