日本、ついにアジアで最も「豊かな国」の座を台湾に譲り渡す 1人あたりGDP比較、やがて韓国にも(現代ビジネス 2022.11.06)
野口悠紀雄 一橋大学名誉教授
1人あたりGDPで、台湾が日本を抜いた。韓国が日本を抜くのも時間の問題だ。アベノミクス以前と比べて、日本の国際的地位は、大きく下落した。日本企業が円安に安住して、技術開発を怠ったからだ。日本は、挽回できるか?
日本は、もはやアジアで最も「豊かな」国ではない
10月に公表されたIMF(国際通貨基金)の世界経済見通しによると、2022年の1人あたりGDPで、台湾が44821ドル(世界第24位)となり、日本の42347ドル(27位)を越えた。
台湾と韓国の経済成長率は高いので、1人あたりGDPで日本を抜くのは、時間の問題だと考えられていた。韓国の値がやや高かったので、韓国が先に日本を抜くと考えられていたのだが、実際には台湾が先になった。
日本が韓国に抜かれるのも、時間の問題だ。多分、今年中か来年中にそれが起きるだろう。
これまでも、シンガポールと香港の1人あたりGDPは、日本よりかなり高かった(2022年で、シンガポールは世界第5位、99935ドル、香港は第16位、62015ドル)。ただし、人口は数百万人だ(シンガポールは569万人、香港は748万人)。つまり、都市国家であって、日本とは簡単に比較できない面がある。
それに対して、台湾は人口が日本より少ないとはいえ、数千万人のオーダーだ(2357万人)。
この規模の人口のアジアの国・地域の1人あたりGDPが日本を抜くのは、初めてのことだ。
前述のように韓国、台湾の成長率は日本よりかなり高いので、何もしなければ、日本が挽回するのは難しい。むしろ、差が拡大していくだろう。
日本は、もはやアジアで最も豊かな国とは言えない。その意味で、今回の統計が示す結果は、歴史的な意味を持っている。
アベノミクスで、日本は世界13位から27位に転落
IMFは、世界の40の国・地域を「先進国」としている。
アベノミクス・異次元金融緩和が始まる前の2012年には、日本はこの中で第13位だった。いまは第27位だから、この10年間に大きく順位を落としたことになる。いま日本は、先進国のグループから転落しかねない状態に陥っている。
アベノミクス・異次元金融緩和が何をもたらしたかを、これほどはっきりと示しているものはない。
2012年、日本より上位にあったのは、ヨーロッパの小国あるいは、北欧諸国が中心だった。
G7諸国中で見ると、カナダ、アメリカ、日本の順だった。つまり、日本はG7の中で、上位グループにいた。1人あたりGDPで、アメリカと日本は、ほとんど差がなかった(アメリカ51736ドルに対して、日本49175ドル)。
しかし、この10年間に、日本は、1人あたりGDPで英独仏に抜かれた。いま、G7で日本より下位にあるのは、イタリア(第32位、38775ドル)だけだ。だから、いまや日本は、G7の最下位グループにいる。
そして、アメリカの1人あたりGDP(第8位89546ドル)は、日本の2.1倍になった。
これほど大きな変化が、この10年の間に起きたのだ。
日本の劣化は高齢化のためか? 円安のためか?
なぜこうなってしまったのか?
日本の経済パフォーマンスを低下させている原因として、人口の高齢化がある。総人口に占める生産年齢人口の比率が低下し、労働人口が減少するという現象だ。
これが、大きな問題であることは間違いない。しかし、これはだいぶ前からあった問題だ。この10年間に急に悪化したというものではない。
10年間で日本の地位が下がったのは、人口高齢化のためではなく、経済政策のためだ。
異次元金融緩和で金利が低下し、対ドルで円安が進んだ。では、上に見た日本の地位低下は、円安でドル換算値が下がったためだろうか?
アメリカとの1人あたりGDPの格差の拡大に円安が寄与したことは、間違いない(実際、上で見たように、日本の1人あたりGDPの値は、2012年から22年にかけて減少している。これは円安が進んだためだ)。
しかし、対ユーロで見ると、2013年5月も2022年2月も、1ユーロは約130円で、大きな変化はない。
だから、上で見た独仏などとの相対的な地位の変化は、為替レートの変化によるものではない。独仏などの経済成長率が日本より高かったためだ。
このことは、自国通貨建ての成長率を比較することによって、確かめられる。以下にみるように、日本の成長率は、異常といえるほど低いのだ。
図表2に示すように、自国通貨建ての1人あたり名目GDPの2012年から2022年の間の増加率をみると、日本は10.4%で、先進国40カ国中で第38位だ。
日本より増加率が低いのは、スイスとマカオだけである。
経済パフォーマンスが悪いと考えられているイタリアも19.3%だ。フランス、スペインは20%台だ。ドイツ、イギリス、オランダは30%台。
アメリカ、韓国、スウェーデンなどは40%台だ。
このように、日本の成長率は、世界の中で例外的に低いのである。
ただし、日本の成長率は、アベノミクス以前から低かった。1990年代の中頃に成長がとまり、それ以降、成長していないのだ。これは、中国工業化に対して、日本が産業構造を転換できなかったからだ。さらに、IT革命に対応できなかったからだ。
それをアベノミクスで反転できなかっただけだとも言える。
それに円安が重なったために、ドル表示の日本の1人あたりGDPの地位が大きく落ち込んだのだ。
企業の競争力が落ちている
10月16日公開の「日本のカイシャは、もうダメだ! 世界ランキング劣後の情けない理由」で述べたように、スイスのIMD(国際経営開発研究所)が作成する「世界競争力のランキング2022年版でも、上で見たのと同じ傾向がみられる。日本の順位は、対象63カ国・地域のうちで第34位だ。
そして、アベノミクス以前はもっと高かったということも同じだ(2010年から2018年までは、20位台だった)。
細目分類での順位を見ると、「ビジネス効率性」分野での下落が、日本の順位低下の主要な原因となっている(2015年の20位から、22年の55位に低下)。
日本企業は、円安に安住して、技術開発の努力を怠ったのだ。円安は、このような意味では、日本の地位低下に大きな影響を与えた。
それに対して、台湾や韓国では、ハイテク企業が成長した。台湾の半導体メーカーTSMCは、この業界で世界のトップだ。韓国のサムスン以外は、追随できない。
時価総額はアジアのトップ(世界第16位)で、トヨタ自動車の約1.8倍だ。
台湾の躍進は、このように強い技術力をもった企業に裏付けられている。
日本は抜き返せるのか?
2013年に導入された異次元金融緩和で、円安が進められた。産業界からの「円安が6重苦の1つ」という声に応えたのだ。
しかし、円安が進めば、企業は格別の努力をしなくても、そこそこの収益を上げられる。そのため、生産性向上の努力を怠った。この結果、経済が成長しない状態に陥った。貿易面でも、日本の競争力が低下した。
そして、世界における地位が著しく低下したのだ。
では、どうしたらよいのか?
具体的な目標として、1人あたりGDPで韓国・台湾を抜き返すかすことを目的にしたらどうだろう?
そのため必要なのは、補助金ではない。
時価総額でTSMCやサムスンを抜く企業を作ることだ。そして、それを実現するために、企業の成長を阻害している既得権益を排除するのだ。
こうしたことがなされない限り、日本に展望は開けないだろう。
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野口悠紀雄 一橋大学名誉教授
1940年、東京に生まれる。東京大学工学部卒業。大蔵省入省。エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、現在、一橋大学名誉教授。
著書に『財政危機の構造』(東洋経済新報社、サントリー学芸賞受賞)、『バブルの経済学』(日本経済新聞社、吉野作造賞受賞)、『1940年体制―さらば戦時経済』(東洋経済新報社)、『「超」整理法』(中公新書)、『平成はなぜ失敗したのか』(幻冬舎)、『戦後経済史』(日経ビジネス人文庫)、『マネーの魔術師』(新潮選書)、『「超」AI整理法』(KADOKAWA)、『経験なき経済危機――日本はこの試練を成長への転機になしうるか?』(ダイヤモンド社)、『中国が世界を攪乱する―AI・コロナ・デジタル人民元』(東洋経済新報社)など多数。