【前編】激甚化する夏の大雨…荒川大決壊で起こる「首都水没」の悪夢

荒川結決壊、東京水没 社会

東京の下水が危ない(前編)
激甚化する夏の大雨…荒川大決壊で起こる「首都水没」の悪夢(週刊現代 2022.08.05)

東京の下水が危ない(後編)

「大都市は大丈夫」という「間違った」思い込み

「まず、日本の大多数の人が勘違いをしていることを指摘したいと思います。それは、東京や大阪といった大都市には、十分なインフラ整備ができているので水害が起こらないのだ、という思い込みです。

整備が行き届いていないから地方都市で被害が出ているのではない。現に東日本を縦断した’19年の台風19号では、東京は極めて危機的な状況でした。

荒川の数ヵ所で堤防決壊が起こる寸前で、もし台風のスピードや進路が少し変わっていたら、死者数千人、首都機能が麻痺する大災害となるところだったのです」

河川工学を専門とする早稲田大学理工学術院教授の関根正人氏は、こう語る。

ここ数年、水害の話を聞かない夏はない。

線状降水帯、ゲリラ豪雨、超大型台風……。「1000年に一度」のはずの大雨が毎年発生している。今年も間違いなくそうしたレベルの大雨は降る。ところが、その備えは先延ばしにされているのだ。

昨年12月、国交省関東地方整備局は堤防の脆弱部となっている「荒川橋梁」の架け替え工事完了時期を13年延期すると発表した。

かさ上げに伴う用地買収を減らすよう地域住民からの申し出があったというが、危機的状況が迫っているという意識は行政側にも住民側にもあまり感じられない。

北千住駅の浸水は7.25mにも

『首都水没』の著者で、リバーフロント研究所技術審議役の土屋信行氏が言う。

「荒川、利根川、江戸川の3河川は下流域に大都市経済圏が多く、人口が集中しています。’18年に高知県吉野川流域で発生した線状降水帯では、雨雲が通過するまでの6日間に1955ミリ、最大時24時間で554ミリというとんでもない雨量が降り注ぎました。

もし、そのような線状降水帯が東京を襲い、300ミリが想定限界の荒川堤防が決壊すれば、11分で荒川と隅田川分岐付近にある南北線・赤羽岩淵駅に濁流が押し寄せます。1時間後に到達する北千住駅の浸水予想は、なんと7.25mに達するのです。

こうなると銀座、丸の内も水没、八重洲地下街は全滅し、最終的には16路線89駅、延長138kmが浸水します。まさに首都水没です」

東京23区「下水爆発」警戒マップ

このように増水した川の水が堤防を乗り越えて周囲の町を水浸しにする現象を「外水氾濫」という。

荒川、江戸川、隅田川などに挟まれた東京東部ゼロメートル地帯(江東・墨田・葛飾・足立・江戸川各区)では水害ハザードマップなども配布されており、河川敷近くに住む人々にとっては比較的想像しやすいだろう。

しかし実は東京という都市が内包する危険は、それだけではないのだ。東京の水害は、その93%が「内水氾濫」によるという調査がある。

内水氾濫とは、地下に張り巡らされた下水道が排水できる容量を超えて雨水が地表に溢れ出すことだ。

都市部では、ぎっしりと並んだ住宅やマンション、商業ビルといった建物から、風呂、台所、洗面所、トイレなどの生活排水が毎日排出される。それらは20~30cm径の流入管を通って、太い下水道本管(管渠)へと流れていく。

マンホールが噴き飛ぶ「エア・ピストン現象」

『防災新聞』執筆者である防災士・栗栖成之氏が解説する。

「最大規模のものだと直径8.5mにもなる下水道本管は、ふだんは汚水だけがひたひたと管の底を流れているような状態です。ところが豪雨時には短時間に大量の雨水が流入して、流入管では管いっぱいに水流が膨張します。

すると管内にあった空気が一気に圧縮されて垂直方向に上昇、50kg近い重量のマンホールの蓋が何十mも噴き飛んだりする。これをエア・ピストン現象といいます。

また、家庭の排水を流すための下水管がいっぱいになると、汚水もろともすべての排水が逆流。家庭内のすべての排水口やビルのトイレなどから下水が溢れ出るという最悪の事態に見舞われることになります」

家庭だけではない。都市部では、大雨の時には汚水混じりの雨水が河川に直接放流されることになっている。ところが放流先の河川の水位が上がると放出を受け付けなくなってしまい、街中に水が溢れ出てしまうのだ。

23区の下水道網は、’94年に100%普及を達成しており、合流・分流を繰り返しながらありとあらゆるところに複雑に張り巡らされている。それだけにいったん破れると、思わぬところから爆発的に水が噴き出し浸水してしまう。

とりわけやっかいなのが、巨大ターミナルの地下街だ。

「都内の地下鉄入り口には止水板が用意されていますが、そのほとんどは人力での設置であり、コロナ禍で減便、出勤人員の減っている今ではとても人手が足りません。しかも浸水が始まって大量の水が押し寄せてから設置しようとすると非常に危険で、駅員が負傷する可能性もある。

また公共交通の部分はそれなりの備えがあっても、アメーバ状にどんどん増えている商業ビルとの接続口に関しては、誰も統括できていない。それは東京中、どの地下街でも同じだと考えられます」(前出・土屋氏)

文明の象徴である水道設備。東京23区の下水道整備率は世界に誇る100%。しかし台風に見舞われれば、下水管の中を猛烈な速度で水が奔り、都市は破壊される。下水道に潜む災害の影とは……。『実は空洞だらけの地下構造…東京の下水が破裂した時に起こる大惨事 東京の下水が危ない(後編)』で引き続き紹介する。