対話型AIの急拡大で、ついに「ホワイトカラーとブルーカラー」の“賃金大逆転”が起きるかもしれない

ホワイトカラーとブルーカラーの賃金が逆転する可能性 社会

対話型AIの急拡大で、ついに「ホワイトカラーとブルーカラー」の“賃金大逆転”が起きるかもしれない(現代ビジネス 2023.04.19)

加谷 珪一

ChatGPTをはじめとする対話型AIが話題となっている。従来型AIと比較して格段に能力が向上したわけではないが、圧倒的な対話力の影響は大きく、ビジネスへの応用が一気に進むだろう。以前から指摘されている通り、AIの普及によってホワイトカラーの仕事は大幅に削減される。一方、人にしかできない仕事の価値は相対的に高まる一方であり、ホワイトカラーとブルーカラーの賃金が逆転する可能性も出てきたといってよいだろう。

ホワイトカラーの余剰が本格化する

このところ相次いで開発されている対話型AIにおける最大の特徴は、人とのコミュニケーション能力である。人間と会話できるAIは、ホームスピーカーなどを通じて家庭でも販売されていたが、従来型のAIは難しい質問には答えられないケースがほとんどだった。

だが、対話型AIはコミュニケーション能力に重点が置かれており、難しい質問をしても何らかの形で自然な回答を返してくれる。AIというのはどのデータを参照し、どういったアルゴリズムでアウトプットを生成するのかでその能力が決まってしまうので、対話が上手くなったからといって頭が良くなったわけではない。

しかしながら、自然言語で指示すれば、製品の販売動向のレポートをまとめてくれたり、必要なデータの所在を分かりやすい形で示してくれるというのは、実際に使う側の人間に立ってみると大きなパラダイム転換と言って良いだろう。一部からは急激な普及を危惧する声も出ており、その指摘はもっともだが、圧倒的にフレンドリーなコミュニケーション能力という点を考えると ビジネスへの実装が進んでいくのはほぼ間違いない。

従来から指摘されていたことだが、AIが企業の現場に浸透していくと、最初に影響を受けるのがホワイトカラーの職種と考えられる。特に事務補助的な仕事や、専門性は高いものの、単純なデータ収集業務に近い仕事(弁護士の判例調査や各種アナリスト業務、文書作成業務など)への影響は大きい。

当初は、企業内異動という形で、余剰となった人材を収益貢献部門にシフトするという流れがしばらく続くだろう。だが問題はその先である。さらにAIが普及した場合、企業が余剰人員を抱えきれなくなり、いよいよ雇用の流動化が始まる。これは想定されていた未来ではあったが、対話型AIの登場で、その時期はかなり早まると考えた方がよい。

現場仕事へのシフトは進まない

企業における人材というのは、机に座って事務的な業務に従事する職種と、現場に出て、ある程度体を使う仕事に大別される。現代ではビジネスの多様化が進んでいるので、簡単に切り分けることは難しいが、昔ながらの区分でいけばホワイトカラーとブルーカラーということになるだろう。

一般的に企業において業務の効率化が行われると、同じ業務をより少ない人数でこなせるようになる。企業内では人員削減が行われ、ホワイトカラー的な職種からブルーカラー的な職種に雇用が流動化するというのが一般的な認識だった。

これまでの時代は、ブルーカラーの方が多くのスキルを必要としないと認識されていたため、雇用の流動化は賃金低下と同義でもあった。しかしながら、ここ20年における社会の変容は雇用のあり方そのものを変えつつある。

社会が成熟化するにつれ、全体的により高い付加価値が求められるようになり、現場的な仕事にもIT機器の導入が進んだ。同じ現場仕事といっても、上からの指示にしたがって黙々と体を動かす業務と、高い対人コミュニケーション能力を必要とする仕事に二極化しつつある。後者については現場仕事とはいえ、問題解決型業務であり、実は高いスキルが必要とされる。

特に日本の場合、急激な少子高齢化の進展によって、若年層人口が著しく減少しており、あらゆる職場において現場で従事する労働者の確保が極めて困難になっている。現場仕事においても、自動化やAI化の波は進んでくるものの、業務の性質上、その進展度合いはホワイトカラーと比べて、ごくわずかにとどまるだろう。

仮にAIの普及で事務職において大量の余剰人員が発生し、企業が雇用流動化を進めようとしても、体力やスキルという点でホワイトカラーからブルーカラーへのシフトが実現できないケースが多発すると考えられる。少子化によって、ただでさえなり手が少なくなっているところに、雇用の流動化が進まないとなれば、現場仕事の付加価値は高くなり、当該分野において相応の経験や能力のある人の賃金は跳ね上がるだろう。

賃金がいよいよ逆転する仕組み

一方で、余剰となったホワイトカラー層が現場仕事にシフトできないということになると、AI化が高度に進む中、残った事務仕事を労働者が奪い合う結果となる。そうなるとホワイトカラーの賃金がさらに下落し、ブルーカラーと賃金が逆転する展開もあり得ることになる。

日本には6700万人の就業者がいるが、そのうち事務に従事している人は1400万人と最多である。一方、サービス従事者は817万人、運搬・清掃関連は489万人、保安職種は129万人しかいない。もっとも人数が多いボリュームゾーンで大量の余剰人員が発生し、しかも他業務へのシフトが進まないとなると、事務職における過当競争は極大化する。

現時点において、一般的な事務従事者の平均年収は約490万円、プログラマーは約550万円、営業マンは約470万円である。一方、看護師は508万円、運輸従事者は485万円、警備員は309万円、大工は407万円となっており、現場仕事の方が総じて賃金が低い。だが、上記のような事態となった場合、ホワイトカラーの賃金が大幅に下がり、現場仕事の賃金が上がることで、賃金の順位が逆転することも十分にあり得るのだ。

賃金の逆転が発生した場合、経済や社会への影響は極めて大きく、多くのホワイトカラー層がキャリアの見直しを迫られる。

これからの時代は、AIを徹底的に使いこなし、単独で高い成果を上げられるホワイトカラーになるか、ある程度の体力とノウハウを必要とする現場仕事でのエキスパートを目指すかの択一にならざるを得ない。このどちらにも属することができなかったビジネスパーソンは、AIから指示される、補助的な事務作業を極めて安い賃金でこなすしか道がなくなってしまう。

労働のあり方が変われば企業の時価総額にも変化が及ぶだろう。同じ労働集約型企業でも、事務中心の企業とそうでない企業とでは付加価値に大きな違いが生じる。現場仕事を中心とした企業の株価が上昇し、事務中心の企業の株価が下落するかもしれない。

こうした状況を回避するには、ホワイトカラー的な仕事の高度化を進め、より高い付加価値を目指していくしか道はない。余剰となった人材に対してリスキリングを実施し、付加価値の仕事に誘導していくという新しい産業政策が必要となってくる。

岸田政権はリスキリングを最重要政策の一つと位置づけているが、その内容はいまだ明確になっていない。対話型AIの普及で変化のスピードも早まっている以上、こうした現実を前提にしたリスキリングのプログラムが必要となってくるだろう。

加谷珪一 経済評論家
1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネスなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に『スタグフレーション』(祥伝社新書)『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)『縮小ニッポンの再興戦略』(マガジンハウス新書)『戦争の値段』(祥伝社黄金文庫)などがある。