止まらない「悪い円安」 1ドル=200円なら「食費1.5倍、電気・ガス代2倍」の狂乱物価に

止まらない「悪い円安」 政治・経済

止まらない「悪い円安」 1ドル=200円なら「食費1.5倍、電気・ガス代2倍」の狂乱物価に(マネーポスト 週刊ポスト 2022年11月1日 7:00)

「悪い円安」が止まらない。為替市場では円が売られ、1年前の1ドル=110円前後から1ドル=150円近くまで急落。とくにこの半年間で円安が急激に進み、物価高騰に拍車をかけた。

為替介入は焼け石に水

日本政府は慌てている。鈴木俊一財務相は「投機的な円売りは断じて容認できない」と「ドル売り、円買い」の為替介入を行なっているが、瞬間的に回復しても、すぐ円安に戻ってしまう。

原因は日米の金融政策の違いにある。経済評論家の加谷珪一氏の説明はわかりやすい。

日本と米国の金融政策は正反対です。米国のFRB(中央銀行)はお金を増やす量的緩和策で経済再生に成功すると一転、バラ撒きすぎたお金を回収する量的引き締めに入った。インフレが進行しているので、金利を引き上げて景気を意図的に悪くし、物価抑制策に舵を切っています。お金を回収して市中のドルの量を減らし、銀行からお金を借りにくくする政策です。

日銀は逆で、経済は立ち直っていないからとお金をバラ撒いて銀行から借りやすくするゼロ金利政策を続けている。紙幣の量が少ないドルの価値が上がり、量が多くなった円の価値は下がる。これは単純な経済原理です」

その結果、日米の政策金利の差は4%に達した。

極論すると、ゼロ金利の日本でお金(円)を借り、ドルを買って米国で預けると4%の金利が付くんですからボロ儲けです。機関投資家はこれをやりますよ。日本政府のドル売りの為替介入は焼け石に水。率直に言って打つ手がありません」(同前)

日本の金融政策は世界の機関投資家のカモにされ、国民は物価高騰に苦しめられているのだ。

毎日新聞の世論調査(10月22~23日)では、日銀の金融緩和政策を「見直すべきだ」という意見が過半数の55%に達しているが、日銀の黒田東彦・総裁は、「異次元の金融緩和はデフレを解消し、成長を回復し、雇用を増加するという意味で効果があった」と方針を見直さない姿勢だ。

実は、日本経済にとって金融政策の転換は大きな痛みを伴う。多くの企業は超低金利でお金を借りているから、米国のように金利が急激に上がれば倒産が続出、住宅ローン破産も相次ぎ、国債の利払いがかさんで国家財政もパンクする。だから踏み込めない。

円安はどこまでいくのか。加谷氏はこう予測する。

「本来なら、少しずつ金利を上げていけば、ここまで円安にはならなかったはずだが、その場合、国民全員が痛みを共有しなければならない。政府・日銀はそれを回避するために金利を上げない選択をしてきたわけです。日米の金利差がこれだけ開いた以上、今後、日銀が多少軌道修正しても、理論上は、金利差が解消されるまで際限なく円が売られる可能性が高い。専門家の間には、1ドル=200円まで円安が進むという見方もあります

ビール1缶400円

1ドル=200円時代の到来で国民生活はどう変わるのだろうか。

値上げされた2万品目のうち、食品の平均値上げ率は冷食など「加工食品」が16%、マヨネーズなどの「調味料」15%、「酒類・飲料」15%、「菓子」13%(帝国データバンク調べ)と大幅なものだが、一連の値上げラッシュは10月で一段落すると見られていた。

だが、円安がこのまま進めば原材料費などの輸入価格がもっと上がるため、企業はさらなる値上げを迫られる。

経済ジャーナリストの荻原博子氏は「食費は1.5倍、電気・ガス代は2倍」と指摘する。

「1ドル=200円になるということは、ほとんどの商品が値上げ後の現在の値段より3割以上、上がるということです。食費だけを見ても、これまで1か月の食費3万円でやりくりしていた家庭なら、4万5000円くらいに。電気、ガスなどエネルギー関連料金は1ドル=200円になれば2倍くらいの料金になるのではないでしょうか」

例えばビール。最近人気のプレミアムビール(500ml)はコンビニで350円ほど。それが「1ドル=200円」時代には約400円まで値上がりする計算になる。お手軽でハイクオリティーが売りのコンビニのコーヒーも一部は400円に迫るほど高くなる。

「月20万円の支出がある家庭の場合、精一杯家計を切り詰めたとしても、最低限必要な出費で4万円くらい負担が増えることを覚悟する必要があります」(荻原氏)

食品だけではない。衣食住すべてが上がっていく。

アップルはこの7月から新型iPhoneなどの価格水準を最大2割引き上げたが、円安の進行はパソコン、スマホをはじめ、家電全般の幅広い値上げにつながる。

前出の加谷氏が語る。

「かつての日本は工業製品を自国で生産していた輸出大国だったが、最近は家電の多くは中国製で国内生産はほとんどない。スマホもほぼ全部が輸入品。パソコンも基幹部分は全部輸入している。円安による輸入価格上昇の影響をまともに受けることになります」

衣類もほとんどがベトナム、中国、バングラデシュなどで生産して輸入している。

住宅価格はもっと上がる。戸建て住宅の建設費はすでに「ウッドショック」と呼ばれる輸入建材の暴騰でこの2年で約1000万円値上がりしているが、円安はそれに追い打ちを掛ける。

教育費までアップするという。

「あまり知られていないが、教育産業はものすごく輸入依存度が高い。学校や塾は、朝から晩まで冷暖房と照明をつけっぱなしで、相当なエネルギーを消費する。電気代は猛烈に上がっているので、これが経営を圧迫している。一時より減ったとはいえ、大量の紙を使います。その紙のコストも上がっている。タブレットを使ったデジタル教材への転換を進めているが、そのタブレット本体も輸入品です」(同前)

値上げが値上げを呼ぶ“狂乱物価”の再来だ。

みずほリサーチ&テクノロジーズの試算によると、1ドル=150円が続いた場合、平均為替レートが1ドル=109円だった昨年と比べて1世帯当たり年間8万6000円ほど家計負担が増える。1ドル=200円になればその倍、20万円近い負担増となる計算だ。

荻原氏がいう。

「日本は給料が上がらないのに、物価だけが上がっていく。消費は落ち込み、企業は商品を値上げしても儲からないから、賃上げできないという悪循環に拍車がかかります」

※週刊ポスト2022年11月11日号