上がらない賃金「日本だけが異常」 求められる政策の検証<参院選・くらしの現在地①>(東京新聞 2022年6月15日 06時00分)
物価高と賃金の伸び悩みへの対応は、参院選の大きな焦点になる。30年近く上がらない賃金では、現在の物価急騰をカバーできないからだ。アベノミクスの柱といわれた金融緩和は円安を助長し、さらに物価を押し上げる副作用も指摘されている。
与野党には生活の防衛策の提示だけでなく、現在の政策が国民に及ぼす影響への検証も求められている。
米国、英国、韓国では賃金上昇
「日本だけが異常だ」。
東大の吉川洋名誉教授は2013年1月、日本経済がデフレに陥った原因を「賃金の下落」と主張する著書を出版し注目された。吉川氏は今月、取材に対し「当時も今も、先進国で日本だけ賃金が上がらない異常な状況は変わっていない」と強調した。
経済協力開発機構(OECD)によると、名目賃金は1995〜2020年にかけて米国や英国で2倍超、韓国は3倍近く上がり、物価の上昇率を超えた。一方、日本は賃金が下落し物価の上昇率に届かない。
ただ12年末の衆院選では、当時野党だった自民党の安倍晋三氏はデフレの原因を「(金利を低く抑えてお金の量を増やす)金融緩和の不足だ」と主張して論戦に挑んだ。日銀OBは「緩和さえやれば日本は変わるという、すさまじい空気だった」と振り返る。
「値上げ許容できないのは当然」
政権を奪還した安倍氏は、日銀総裁に黒田東彦氏を任命し主張通り緩和を始めた。だが、9年以上をかけても経済の好循環は実現していない。黒田総裁は今月「家計の値上げ許容度も高まってきている」と発言して批判を受けた。国民が値上げに耐えられない背景には吉川氏らが言う「上がらない賃金」の問題がある。
大和証券の末広徹氏は、上昇を続ける社会保険料や住宅価格など、総務省の消費者物価指数の公表値(生鮮食品を除く総合)に含まれない要素も加えた「実感に近い」物価指数を作った。12年平均と比較した22年4月の物価は公表値の6.6%の上昇を超える15.4%の上昇。この実感に近い物価に基づいて算出した実質賃金は、同期間で11%も減っていた。
末広氏は「実質的な賃金がこれだけ目減りしては、家計が値上げを許容できないのは当然」と解説する。
日銀の政策、参院選で「議論すべき」
値上げされる食品が年内に1万品目を突破する見通し(帝国データバンク調べ)となるなど、当面は物価上昇による実質賃金の低下が避けられない。参院選で与野党は、賃上げ策をアピールするとみられる。
過剰な金融緩和も円の価値低下を伴い、輸入品価格の高騰の要因になっている。日本総研の河村小百合氏は「日銀は各国と同様、緩和政策を柔軟化して金利を上げるかどうかの検討が必要だ。生活に大きな影響を与える以上、日銀の政策も参院選で議論すべきだ」と強調する。
ニッセイ基礎研究所の上野剛志氏は「持続的に賃金を上げることが重要との認識が共有されてきた今こそ、具体的で将来を見据えた経済政策の選択が重要になる。衆院解散がなければ、今回の参院選後は3年間も国政選挙がない可能性があるのだから…」と話した。
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通常国会が15日に閉幕し、夏の参院選に向けた論戦が本格化する。急速に進む円安や物価高で、私たちの日々の生活は厳しさを増している。ロシアによるウクライナ侵攻で平和が脅かされ、コロナ禍も収まらない。切実な問題に直面している人々の声に耳を傾け、私たちのくらしの今を5回にわたって考える。