【東大名誉教授が読み解く!】なぜロシアでは「独裁者」が生まれやすいのか?

『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からの世界史』 文化・歴史

【東大名誉教授が読み解く!】なぜロシアでは「独裁者」が生まれやすいのか?(DIAMOND online 2022.4.10 2:50)

ウクライナへの大義なき軍事侵攻によって、ロシアが国際社会で孤立を深めている。暴走するプーチン大統領への憤りは、「なぜこんな独裁政治を許すのか?」というロシアの国家体制への大いなる疑問をも生み出している。

そんな激動の国際情勢に心乱されるなかで、全世界で700万人に読まれたロングセラーシリーズの『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からの世界史』が出版された。

本村凌二氏(東京大学名誉教授)「人間が経験できるのはせいぜい100年ぐらい。でも、人類の文明史には5000年の経験がつまっている。わかりやすい世界史の学習は、読者の幸運である」、COTEN RADIO(深井龍之介氏 楊睿之氏 樋口聖典氏・ポッドキャスト「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」)「ただ知識を得るだけではない、世界史を見る重要な観点を手に入れられる本! 僕たちも欲しいです」、佐藤優氏(作家)「世界史の全体像がよくわかる。高度な内容をやさしくかみ砕いた本。社会人の世界史の教科書にも最適だ」と絶賛されている。

私たちは、世界史から何をどのように学ぶべきなのだろうか。本書の帯に推薦の辞を寄せた、東大名誉教授で歴史学者の本村凌二氏にインタビューを行い、プーチンの独裁を許しているロシアの知られざる実情について話をうかがった。(取材・構成/真山知幸)

「そいつを死刑にしろ」

ウクライナへの軍事侵攻によって、プーチン大統領への国際的な非難が高まっています。どうして、ロシア国民はこのような独裁政治を許しているのでしょうか。

本村凌二(以下、本村):ロシアにはこんなジョークがあります。ニキータ・フルシチョフの時代にフルシチョフを馬鹿者呼ばわりした人がいたので、フルシチョフが「そいつを捕まえて死刑にしろ」と言いました。

周囲の人が「どうして馬鹿者呼ばわりしただけで死刑になるのだ」と聞くと、フルシチョフはこう答えました。「国家最高の機密をばらしたから」。

こんなジョークが出てくることからも、ロシア国民は独裁政治を当然のこととして受け止められているといえます。ロシアでは、共産主義の時代よりもはるか以前から、指導者に独裁性が見られます。国民はすっかり独裁政治に馴染んでしまっているんですね。

なにしろ、ロシアは地理的に異民族の脅威に晒されています。隙を見せれば襲来してくる異民族と対等に渡り合うには、「強いリーダー」でなければなりません。ロシアで独裁者が支持されやすいのは、そんな背景も関係しています。

強いリーダーでなければ、国としての体制が保てないということなんですね。島国に住む日本人には理解しにくい感覚かもしれません。

本村:たとえハッタリでも、自分を誇示して信念を貫く。ロシアでは、そんな強いリーダーこそが価値ある人間とされています。

一方、日本では、穏やかでバランス力があり、周囲に忖度できるリーダーが好まれる傾向にあります。ロシア国民に支持されるようなリーダーは、日本人だったらむしろ嫌われるタイプではないでしょうか。

そのような背景があったとしても、今回のウクライナ侵攻のような、独裁者の振る舞いは許されるべきものではありません。

本村:プーチンのような独裁者が生まれる背景を「理解する」ことは、独裁者の存在を「許す」ということではありません。自分の理解が及ばないからといって、「頭が狂った独裁者だ」と片付けてしまうことこそが、悲劇が繰り返される要因ではないでしょうか。

なぜ、独裁者が生まれやすい国があるのか。そこを読み解くことで、独裁者が生まれる土壌を理解することができ、自分たちはそんな方向に向かわないようにする、という選択肢がとれるのです。

独裁者を生み出さないために大切なこと

独裁者を生み出さないために、大切なことはどんなことでしょうか。

本村:ロシアが独裁政治に馴染みが深いのは「異民族と渡り合わなければならないから」と説明しましたが、逆に「なぜ民主制や共和制がロシアに馴染まなかったのか」と考えると、また別の理由がみえてきます。

それは、かつてのロシアの識字率の低さです。哲学者のジャン・ジャック・ルソーが書いた『社会契約論』は、フランス革命に大きな影響を与えました。

つまり、フランス革命が実現したのは、庶民層がルソーの著作に触れることができたからといえます。一方、ロシアの場合は、農民の7~8割は文字が読めませんでした。これでは民主制を実現するどころか、それが何たるかを理解することもできません。

そんな背景を踏まえると、教育を重視して国民に国際的な教養をつけること。それが独裁者を生み出さない国家づくりを行うための、一つのポイントだといえるでしょう。

世界史の教養があるかどうかで、他国の理解しがたい政治体制も、その背景が見えてきそうです。ただ、日本史と比べると世界史はあまりに広く、何からどう勉強したらよいのかわかりません。

本村:自国の歴史により関心を持ちやすいのは、当たり前のことです。ただ、世界史を学ぶうちに、日本史との共通点も見えてきて、今私たちがすべきことを見出すことができます

勉強は、高校で習う世界史をざっと理解しておく程度で十分です。その代わり、一回で済ませないで、何度も繰り返し読むことです。『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からの世界史』はイラストも豊富なので、これから世界史を学ぶ人には、ちょうどよいレベルと分量といえます。

世界史の知識を身につければ、今起きている国際問題を自分事としてとらえることができます。入門書を何度も読むことは、国際的な教養を身につける大きな一歩になることでしょう。

本村凌二(もとむら・りょうじ)
東京大学名誉教授。博士(文学)
熊本県出身。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京大学教養学部教授、同大学院総合文化研究科教授を経て、早稲田大学国際教養学部特任教授(2014~2018年)。専門は古代ローマ史。
『薄闇のローマ世界』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞、『馬の世界史』(中央公論新社)でJRA賞馬事文化賞、一連の業績にて地中海学会賞を受賞。著書は『はじめて読む人のローマ史1200年』(祥伝社)『教養としての「世界史」の読み方』(PHP研究所)『地中海世界とローマ帝国』(講談社)『独裁の世界史』『テルマエと浮世風呂』(以上、NHK出版新書)など多数。