金持ちのまま死んだら天国に行けない…池上彰「アメリカの富豪が莫大な寄付をする本当の理由」

聖書がわかれば世界が見える_池上 彰 (著) 文化・歴史

金持ちのまま死んだら天国に行けない…池上彰「アメリカの富豪が莫大な寄付をする本当の理由」 「神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」(PRESIDENT Online 2023/03/17 17:00)

池上 彰 ジャーナリスト

なぜアメリカの富豪は莫大な寄付をするのか。ジャーナリストの池上彰さんは「聖書の記述が、アメリカの寄付の文化を生み出した。『マタイによる福音書』に、『金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい』というエピソードがある」という――。

※本稿は、池上彰『聖書がわかれば世界が見える』(SB新書)の一部を再編集したものです。

“離縁してはいけない”フランスで事実婚が多い理由

「マタイによる福音書」には、イエスが離婚を禁じた個所が出てきます。

イエスを信じることができないユダヤ教徒の中のファリサイ派という派の人々が、イエスを試そうとして、「何か理由があれば、夫が妻を離縁することは、律法に適っているでしょうか」と問いかけます。それに対するイエスの回答です。

「あなたたちは読んだことがないのか。創造主は初めから人を男と女とにお造りになった。」そして、こうも言われた。「それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。だから、二人はもはや別々ではなく、一体である。従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない。」

カトリック教徒が離婚できないというのは、この一節が根拠です。

後のイングランドの王ヘンリー8世は、妻の侍女と結婚したいがために、妻と離婚しようとしますが、カトリックでは離婚できず、当時のローマ教皇も認めません。そこで、自ら英国国教会を創設し、そのトップとなり、妻と離婚したのです。

また、カトリック信者が多いフランスでは、離婚が難しいため、多くの男女は事実婚を選びます。事実婚なら「神の前で結婚を誓った」のではないので、離婚できるからです。

フランスでは事実婚の夫婦から生まれた子どもの比率が、正式に結婚している夫婦から生まれた子どもより高いと言われるのは、これが理由なのです。

「真理はあなたたちを自由にする」

東京の国立国会図書館には、「真理がわれらを自由にする」という言葉が掲げられています。

この言葉は、実は「ヨハネによる福音書」が由来なのです。もちろん国の施設は政教分離ですから、聖書の一節が引用されているわけではありません。

この言葉が欧米社会で広く言われるようになっていることから、真理を探究することの大切さという意味で使われているのでしょう。

国立国会図書館のウェブサイトには、次のように説明されています。

国立国会図書館の使命は、国立国会図書館法に定められています。

使命
「真理がわれらを自由にするという確信に立つて、憲法の誓約する日本の民主化と世界平和とに寄与することを使命として、ここに設立される。」

私たちは、学問の場で真理を追究する。真理を知ってこそ、本当の自由を私たちは得ることができるという意味で使われています。「リベラル・アーツ」という言葉に共通する認識ですね。

またアメリカ・ハーバード大学の校章には『VE RI TAS』というラテン語が刻まれています。これは「真理」という意味で、これも語源は「ヨハネによる福音書」です。「veritas liberabit vos」(真理はあなたたちを自由にする)という有名な句から来ています。

では、原文を見ましょう。

イエスは、御自分を信じたユダヤ人たちに言われた。「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。」

要するにイエスを信じることが真理を知ることであり、真理を知る、つまり神を信じることができれば、人間はあらゆる束縛から解放されて、自由になるのだ、という意味なのです。

ですから、学問の場での真理の追究という世俗的な営みのことではないのですが、学問の道を進もうとする学徒にとって、励ましの言葉となっているのです。

「金持ちが天国に入るのはむずかしい」

アメリカの金持ちたちが慈善団体を作ったり、莫大な寄付をしていたりするニュースがよく報じられます。アメリカには、さまざまな慈善団体が存在しています。アメリカには国立大学がありません。

UCLA(カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校)などの州立大学はありますが、ほとんどが私立大学です。ハーバード大学やスタンフォード大学なども、いずれも私立です。

これらの私立大学には莫大な寄付が集まり、財政状態は豊かです。それだけ資金が集まるのも、一代で大金持ちになったような人たちが寄付をするためです。そこには「マタイによる福音書」の次のエピソードがあるからです。

ある金持ちの青年がイエスに対し、「永遠の命を得るには、どんな善いことをすればよいのでしょうか」と尋ねます。イエスは掟(十戒)を守りなさいと告げます。

青年は、「そういうことはみな守ってきました。まだ何か欠けているでしょうか」と再度尋ねると、イエスは、次のように諭します。

「もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」青年はこの言葉を聞き、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである。

イエスは弟子たちに言われた。「はっきり言っておく。金持ちが天の国に入るのは難しい。重ねて言うが、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」

金持ちのまま死んだら、天国に行けない。これは衝撃的な記述です。そこで金持ちになった敬けんなキリスト教徒は、死ぬまでに自分の財産を処分してしまおうと考えます。結果、寄付の文化が生まれるのです。

聖書の記述が、いかに一国の文化の形成に影響を持っているかがわかります。

「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に」

キリスト教圏の国々では「政教分離」になっています。カトリックの最高指導者はローマ教皇です。ローマ教皇はカトリック教徒の精神的な指導者ではありますが、政治的指導者ではありません。政治と宗教の役割が分離されています。

その根拠となっているのが、「マタイによる福音書」の次の記述です。

イエスが多数の信者を従え、勢力が拡大していくのを面白く思わなかったユダヤ教徒の一派(ファリサイ派)が、イエスを試そうとします。ローマ皇帝に税金を納めることは律法に適っているかどうかを尋ねるのです。

イエスが「適っている」と答えれば、ローマ帝国に屈服していると批判し、「適っていない」と答えれば、脱税の罪で告発しようというわけです。

すると、「イエスは彼らの悪意に気づいて言われた」というのです。

「偽善者たち、なぜ、わたしを試そうとするのか。税金に納めるお金を見せなさい。」彼らがデナリオン銀貨を持って来ると、イエスは、「これは、だれの肖像と銘か」と言われた。彼らは、「皇帝のものです」と言った。

すると、イエスは言われた。「では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」彼らはこれを聞いて驚き、イエスをその場に残して立ち去った。

これが、「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に」という有名なフレーズです。イエスは、こう言って罠から逃れたのです。

この一節が根拠になって、「皇帝のものは皇帝に」とは、政治に関しては世俗の政治家に任せ、キリスト教徒は関与しないという考えが定着するのです。

池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。計9大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』など著書多数。
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