〈社説〉「年収の壁」議論 制度全体を視野に収めて(信濃毎日新聞 2024/11/17 09:31)
収入が一定の基準を超えると税金や社会保険料を支払う義務が生じる「年収の壁」。この見直しを巡り自民、公明両党が国民民主党と協議を始めた。
手取り収入増を掲げる国民民主は、所得税の課税の最低ラインを現行の103万円から178万円へ引き上げることを主張。当面は引き上げ幅が焦点となる。
ただ、「103万円の壁」はあくまで議論の入り口に過ぎない。
年収の壁は、社会保険料に関わる「106万円の壁」「130万円の壁」など計六つある。これらは配偶者に扶養されてパートやアルバイトで働く主婦らが税金や保険料の負担を避けるために就労を調整する「壁」ともなってきた。結果として雇用の不安定化や老後の低年金につながっている。
見直しの目的は何か。目先の手取り増にとどまらず、働きたいと願う人がまっとうな収入を得て、医療や年金の保障も手厚くなるよう体制を整えることだ。
より根本の問題がある。今の税と社会保障は、働く夫を妻が支える「片働き世帯」を前提に設計されている。多様な生き方を支える制度に組み直すため、与野党は広い視野で議論を深めてほしい。
103万円の壁は、世帯主への配偶者控除や特定扶養控除が消滅するラインでもある。
配偶者控除については103万円を超えても一定額までは「特別控除」があるため世帯主の手取りは減らない。それでも働き控えはなくならない。多くの企業が社員に「家族手当」などを支給する際、配偶者や子どもの年収の上限を103万円としているからだ。
会社員や公務員に扶養されている配偶者は、国民年金の第3号被保険者として保険料を負担せずに基礎年金を受給でき、健康保険の給付も受けられる。保険料が発生するのが106万円、130万円の壁だ。厚生年金に入れば将来受け取れる年金額は増えるものの、保険料の負担感も大きい。
壁をどのようになくしていくか。厚生労働省はパート労働者らの厚生年金加入を巡り106万円の年収要件を撤廃する方向だ。立憲民主党は130万円の壁の解消に向け保険料による減収分を補填(ほてん)する対策をまとめた。いずれも財源や影響などの精査が要る。
もう一つ、欠かせない変革がある。家事や子育て、介護などケアの多くを女性が担っている。働くことも家庭のことも共に分かち合えるよう、長時間労働に代表される「男性正社員」の働き方そのものを変えなくてはならない。