岸田首相へのひそかな皮肉? 老練政治家が去り際に語った言葉(読売新聞 2024/04/01 15:00)
「選挙に出る時は皆に推されるが、やめる時は一人で決断するもんだ」
和歌山県議時代を含めると、議員歴は約半世紀に及ぶ。85歳ベテランのずしんと響く一言に、岸田首相は恐縮しきりだった。
頭を下げた首相
首相は3月25日、次期衆院選への不出馬を表明した自民党の二階俊博・元幹事長を党本部に訪ねた。その際、二階氏は冒頭の言葉を口にした。首相は「本当にお世話になりました」と頭を下げたという。
二階氏を巡っては、派閥の政治資金規正法違反事件に関し、処分の行方が焦点になっていた。
二階氏の政治資金収支報告書への不記載額は、自民議員で最多の3526万円。自らの秘書と会長を務めた二階派の元会計責任者がいずれも立件されており、「何らかの処分は免れない」というのが大方の見方だった。
あうんの呼吸
二階氏は鋭い政局観で苦境を打開するタイミングを見計らっていたようだ。
3月26日には、首相らによる安倍派幹部4人の処分に向けた聴取が控えていた。
二階氏は聴取直前に不出馬を表明することで、事件の政治責任は重いことを身をもって示し、首相が処分に踏み切りやすい雰囲気を作った。
安倍派で派閥パーティー収入の不正還流を止められなかった塩谷立・元文部科学相らには「選挙の非公認」以上の重い処分が検討されている。首相周辺は「あの二階さんでさえ、議員を続けられないのだから、安倍派元幹部が処分をのむのは当然だという『相場観』ができた」と評価した。
不出馬表明を多として、あなたを処分することはありません――。
3月下旬以降、首相と二階氏の間では、二階氏に近い森山総務会長を介して水面下の調整が重ねられ、あうんの呼吸でこうした取引が成立したとみられる。首相が二階氏との面会で伝えた感謝には色々な思いが込められていたに違いない。
煮え湯
首相と二階氏の関係は複雑だ。実は首相が煮え湯を飲まされたことが多い。
2020年に行われた新型コロナウイルス対策の現金給付では、党政調会長を務めていた首相が「1世帯30万円」の取りまとめに奔走した。しかし、当時、幹事長の二階氏や公明党の意向で「1人10万円」にひっくり返された。同年の党総裁選では、二階氏が素早い支持表明で「菅首相」の流れを作り、首相はなすすべもなく敗北した。
21年の総裁選では首相が反撃に出た。出馬表明の記者会見で二階氏を念頭に党役員任期の制限を表明し、「権力の集中と惰性を防ぐ」と強調したのだ。幹事長在任が歴代最長の5年余に及んでいた二階氏は退任せざるを得なかった。
では、二階氏は最後に首相に花を持たせて終わるつもりなのか。いや、そうではないとみる向きもある。
閣僚経験者の興味深い分析
「元会計責任者と私の秘書が刑事処分を受けていますが、その政治責任は全て監督者である私自身にあることは当然だ」
二階氏は不出馬表明の記者会見で、こう用意した紙を読み上げた。
今回の事件では、首相が会長を務めた岸田派の元会計責任者が略式起訴され、首相の政治責任の取り方にも注目が集まっている。
二階氏の決断について感想を尋ねた自民の閣僚経験者は、興味深い分析を披露してくれた。
「あの言葉には二階流の皮肉が込められている。『岸田さん、私は腹を決めたが、あんたは何も責任を取らんでいいのかね』ということだ」
◇
黒見 周平( くろみ・しゅうへい )
政治部次長。1999年入社。横浜支局を経て、2005年に政治部配属となり、小泉純一郎首相の総理番に。首相官邸や自民党、外務省、防衛省などの取材を手がけた後、15年から米ワシントンに赴任し、トランプ大統領が誕生した16年大統領選などを経験した。現在はデスクとして主に政局を担当する。兵庫県出身。