政府は日銀の次期総裁に東京大学名誉教授の植田和男氏を充てる人事案を国会に提示した。どのような手を打ってくるだろうか。世界3大投資家と呼ばれるジム・ロジャーズ氏は「政策金利を引き上げると私は見ている。わずかな引き締めでは不十分で、アメリカのFRBのように何度も利上げをしなければならなくなる可能性も高い」という――。
※本稿は、ジム・ロジャーズ『捨てられる日本 世界3大投資家が見通す戦慄の未来』(SB新書)の一部を再編集したものです。
日銀の大失策
最近の為替の動きを見ていると、恐ろしいほどの速さで日本経済が崩れ落ちているようで、「一体、円安はいつ落ち着くのだろう」と不安に感じる人は多いだろう。
このような状況下においてはたいていの場合、中央銀行が策を講じないかぎり、経済が低迷し続ける。
急速な円安の進行によって、日銀の黒田東彦総裁の金融政策に対する批判が強まっている。彼の政策により、少しの間は景気が回復したかもしれない。しかし、長期的な視点に立てば、日本の負債をふくらませ景気の悪化を導いた。今日本は、そのツケを払っているのである。
政治家や経済評論家のなかには、「世界の債務残高は増大しているものの、それに比例して純資産も増大しているので問題ない」と言う人もいる。
では、資産が暴落した時にはどうなるだろうか? 資産価値が下がっても、負債の評価は変わらない。バブル時はとくにそうで、借入を増やすために負債が増える場合もある。歴史を見ると、その可能性は比較的高い。
国民の資産を国の負債返却にあてる非常識
また、「日本には大きな債務残高があるが、国民は巨額の資産を持っているので、国としての債務は少ない」という話もよく耳にする。
国民の資産を国の負債返却にあてるのは正気の沙汰ではない。しかし、現にそれが行われている。国民の資産を税金として集め、国の債務返済にあてているのだ。こうした状況下で、「緊急事態であり、国を守るためだ」と言い訳するのが政府の常套手段だ。
国の長期債務は1000兆円を超え、地方を含めると1200兆円を超えている。国の債務が増えれば、国の問題が増える。そうしたなかで、たとえ地方自治体が独自で稼いだとしても、国が負債を持っていれば本来のスピードで国が成長することはできない。多額の借金を抱えながら速く走るのは難しいことなのである。
日本人は勤勉で有能だから借金がなければ非常に速く走れるだろうが、今は借金に追いかけられ、足を引っ張られている。国が常に借金の心配をしているようでは、プラスの経済成長に転じることは不可能だ。
次の日銀総裁は大変な目に遭う
通貨の流通量を増やせば増やすほど、その価値は下落する。たしかに、一時はバブル景気となり、不動産価格や株価が上昇するかもしれない。しかし、その先には大きなクラッシュが待ち受ける。そして、そのツケは次世代を担う若者たちが払うことになる。
黒田総裁が、残りわずかな在任期間で正しい政策転換を行わないかぎり、日本が抱える問題は先送りされるだけで、次の日銀総裁は大変な目に遭う。
今、大半の相場参加者が「日銀は信頼できない」と感じているだろう。彼らはどんどん円を売り込んでいる。このまま相場参加者たちが不信感を募らせれば、日銀の言葉や行動を信用しなくなるはずだ。いくら日銀が株や債券を操作しても、焼け石に水となる。
こうした状況に対し、日銀の次期総裁はどのような手を打つだろうか。政策金利(中央銀行が金融政策に用いる短期金利。金融機関の預金金利、貸出金利などに対して影響を与える)を引き上げると私は見ている。その場合、円も日本の株式市場も一時的に上昇するかもしれない。日本は最もひどい時期を脱するからだ。しかし、わずかな引き締めでは不十分で、アメリカのFRBのように何度も利上げをしなければならなくなる可能性も高い。
多額の債務を抱える日本にとって、利上げは大きな試練となる。そのため、日本は現状の金融緩和をなかなかやめることができないのだ。実際、アメリカやヨーロッパが利上げに動いているにもかかわらず、黒田総裁はこれまで通りの金融緩和を続けるといっている。
日本の市場が崩壊する時
そして、もし市場参加者が日本の金利市場を支配したら、金利は急上昇し、円は一気に売られるはずだ。
この時、日本の市場は崩壊するが、これで一旦リセットされてゼロからのスタートができるだろう。もし私が日銀総裁になったら、相場を支配しようとすることはやめると思う。
遅かれ早かれ、ツケはできるだけ早く払ったほうが身のためだ。対応が遅れれば遅れるほど、後始末は大変になる。
日本経済はさらに弱体化し、いずれは国際収支と為替相場を安定させるため、政府が法に則って外国為替に直接規制を加える為替管理のほか、あらゆる規制が導入されるだろう。歴史上、スペイン、ポルトガル、イタリア、オランダなどといった、かつての覇権国も同じ道のりを経て力を失っていった。
イタリアはローマ帝国の栄光を早々に失ったし、スペインやポルトガル、オランダも大航海時代には世界に打って出ることで栄華を極めたが、その後に台頭してきたイギリスに追われるかたちで栄光の座を譲った。
金利が上がったとき、日本は大惨事に見舞われる
現在、日本の金利は実質的にはゼロ、あるいはマイナスである。しかし、私はいつか金利が上昇すると考えている。先進国において、金利はそれほど上がることはないという説も存在するが、必ず上がる。金利が上がったとき、債務が多い日本は大惨事に見舞われるだろう。
積み重なった巨額の債務によって、金利負担が大きくなる。国の財政は悪化し、日銀が抱え込んだ国債なども大きな負担となる。これは国家の破綻にもつながりうる危機だ。
また、金利が上昇すると、金融機関は以前より高い金利で資金調達しなければならない。そのような状況下においては、企業や個人も金融機関からの借入に際して高い金利を支払うことが求められる。それゆえに、企業や個人は資金を借りにくくなり、経済活動がさらに停滞することになる。
日本経済は、第二次安倍政権のアベノミクス「第一の矢」である金融緩和により、円の価値を切り下げた(円安へと誘導した)ことで恩恵を受けた、と見なす人もいる。しかし私はそうは思わない。
金融緩和によって株価は上昇し、恩恵を受けた会社もたしかにあった。しかし、日本国民全体の暮らしがよくなったかというと、必ずしもそうではない。
金利上昇と通貨切り下げは、いずれも日本経済に打撃を与える。歴史上、通貨の切り下げによって経済が成長した国は存在しないが、金利上昇に比べれば容易な解決策に見えるためか、通貨切り下げという手法は選ばれることが多い傾向にある。
さらに恐れるべき事態は…
さらに恐れるべき事態は、国債支出と為替相場の安定維持のため、政府が外国為替取引に法に則った直接規制を加え、為替管理を行うことだ。この手段が選ばれた場合、円を他通貨に替えることは困難になるし、中国のように海外への送金限度額が設けられる可能性もある。中国では個人の海外送金に対して「1年間で5万ドルまで」という決まりがある。
このような規制が生まれれば、外国人は日本への投資をより敬遠するだろうし、日本からの資本流出も加速する。結果として、あらゆる業界が打撃を被るだろう。
このように、為替管理は国の経済に大きな打撃を与える選択肢だが、他方では為替管理を行わずして国際収支の均衡を維持することは難しいので、政治家はこの手っ取り早い解決策に飛びつき、「これが最善策だ」と主張することが多い。そして、期待したような結果が出ない場合、為替管理はより一層厳しいものになる。