このままでは「米軍防衛のための運用」が可能に⁉ 日本政府が新たに決定した「反撃能力」の定義と問題点

政府の定義する「反撃能力」の背景や問題点とは 政治・経済

このままでは「米軍防衛のための運用」が可能に⁉ 日本政府が新たに決定した「反撃能力」の定義と問題点(現代ビジネス 2023.01.08)

牧野愛博 朝日新聞外交専門記者

政府の定義する「反撃能力」の背景や問題点とは?

日本政府は昨年12月16日、新しい国家安全保障戦略など安保三文書を決定し、「反撃能力の保有」を正式に決めた。

世の中での「反撃能力の保有」への批判を見てみると、「軍事的に不可能」「専守防衛からの逸脱」「歯止めの効かない軍拡路線に路を開く」といった論調が多いようだ。

ただ近日、共著「ウクライナ戦争の教訓と日本の安全保障」(東信堂)を発表した松村五郎元陸将は、三文書をきちんと読み込んだうえで、具体的な問題提起をすべきだと指摘する。国家安保戦略だけでも、その表現から、政府の思惑と問題点が浮かび上がってくるからだ。

「反撃能力」は「敵基地攻撃能力」とも言われる。新しい国家安保戦略は、反撃能力の定義を「我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、武力の行使の三要件に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力」

としている。そして、反撃能力が必要だという判断をした背景については、

「近年、我が国周辺では、極超音速兵器等のミサイル関連技術と飽和攻撃など実戦的なミサイル運用能力が飛躍的に向上し、質・量ともにミサイル戦力が著しく増強される中、ミサイルの発射も繰り返されており、我が国へのミサイル攻撃が現実の脅威となっている」

「弾道ミサイル防衛という手段だけに依拠し続けた場合、今後、この脅威に対し、既存のミサイル防衛網だけで完全に対応することは難しくなりつつある」

と説明している。ただ、この説明だけでは、読む人によって都合のよい解釈が生まれる可能性があるという。松村氏は

「専守防衛を強く意識して読む人には、日本の国土が危うくなった場合の最後の手段だと読めます。でも、わざわざ『2015年の平和安全法制に際して示された武力の行使の三要件の下で』とも付記しています。ここに注目すると、積極的に台湾や韓国の防衛を意識する人には、自衛隊が一緒に行動する米軍などを守る集団的自衛権の行使でも使えると読めます」と語る。反撃能力に賛成する日本の世論は少なくとも過半数を上回っている。ただ、「後者のケースでも、反撃能力を認めますか」と聞かれた場合、「そこまで認めるつもりはない」と答える人も相当数いると思われる。

台湾有事でも米軍の支援ができるように表現

今回の国家安保戦略は、反撃能力の行使についてどこまで踏み込むつもりなのか、具体的には語っていない。ただ、松村氏によれば、文書の様々な表現から、政府の考えを読み取ることができるという。

国家安保戦略は「専守防衛に徹」すると明記している。ただ、同時に「積極的平和主義」も掲げる。そのうえで「わが国の安全保障上の目標」として、「我が国及びその周辺における有事、一方的な現状変更の試み等の発生を抑止する」としている。さらに、国家防衛戦略では「これが生起した場合でも、我が国への侵攻につながらないように、あらゆる方法により、これに即応して行動し、早期に事態を収拾する」とまで踏み込んでいる。

松村氏は「日本周辺で起きる有事にも即応して行動すると書いているわけです。当然、台湾有事や朝鮮半島有事で、米軍と一緒に活動することが念頭にあるでしょう」と話す。また、「同盟国・同志国等との連携の強化」という表現もある。松村氏は「『等』は、おそらく台湾のことでしょう。同志国という言葉や連携も新しく出てきた言葉です」と話す。過去よく見られた表現は「パートナーとの協力」という表現だった。松村氏によれば、「協力」は防衛交流や共同訓練など平素での関係を示すのに対し、「連携」は実際に危機が発生したときの対応を示唆している可能性があるという。

こうして考えると、国家安保戦略は明言こそしていないものの、政府は台湾海峡有事の際に米軍への物資補給などを行う重要影響事態にとどまらず、米軍を守るために自衛隊が集団的自衛権を行使する存立危機事態を認定することまで念頭にしていることがうかがえる。もちろん、その場合、反撃能力も、この集団的自衛権の行使の手段として使うことが法的には可能だ。

アフガニスタンの二の舞にならないために何が必要なのか?

もともと、政府は2015年に成立した平和安全法制で、こうした事態認定と集団的自衛権の行使を認めている。「すでに、法律の根拠があるのだから、存立危機事態で米軍を守るために反撃能力を使っても問題ない」とは言えるが、岸田文雄首相は文書作成にあたって、国民に対して「反撃能力を、集団的自衛権の行使の手段としても使って良いでしょうか」という議論提起をすべきではなかったか。

松村氏も「政府は議論を避けたと思います。武力攻撃事態も存立危機事態も、自衛隊に命じられるのは防衛出動です。やれることは同じ状況のなかで、政策として存立危機事態では何をするのかという説明を避けています。中国や北朝鮮に手の内をみせたくない、という思惑もあったのかもしれません。でも、国民があらかじめ、徹底的に議論しておかないと、後で『聞いていなかった』『だまされた』という声が必ず出てきます。そうなると、有事の際に一番大事な国民の支持や団結を得られないことになり、情報戦で相手に付け込まれる弱点ともなりかねません。米国が過大な期待を抱いている場合、日米間で齟齬が生まれる可能性もあります」と懸念する。

国民の支持がないままに進んでしまった最悪のケースを想定すると、日本はゼレンスキー大統領が徹底抗戦を呼びかけたウクライナではなく、イスラム主義勢力タリバンの首都侵攻を前にガニ大統領(当時)が逃げ出して、戦わずに政権が崩壊したアフガニスタンになってしまうかもしれない。

後編『「中国はどこまで攻めてくるのか?」…日本で決定的に不足している「徹底的な安全保障議論」とは』ではさらに、日本に決定的に不足しているという「徹底的な安全保障議論」の必要性や可能性について報じる。